Stock Journal

VCが投資先に「KIQS使ってSO発行していいですか?」と聞かれても困らなくなる勉強会 完全文字起こしレポート

Share

  • Facebookにシェアする
  • Twitterにシェアする
VCが投資先に「KIQS使ってSO発行していいですか?」と聞かれても困らなくなる勉強会 完全文字起こしレポート

2023年2月1日「VCが投資先に『KIQS使ってSO発行していいですか?』と聞かれても困らなくなる勉強会(KIQS勉強会)」を実施いたしました。本記事は、当日の講演内容、Q&Aの回答を含めたレポートです。現状のSOに関する課題、「KIQS」の解説、Q&Aで寄せられた皆さまの株式報酬へのお悩みなど、さまざまな議論が交わされました。


【パネラー】

山下総合法律事務所 代表パートナー弁護士  山下聖志さん

シニフィアン株式会社 共同代表/Nstock株式会社 アドバイザー  小林賢治さん

Nstock株式会社 ドメインエキスパート 野瀬

【司会】

Nstock株式会社 代表取締役CEO 宮田昇始


日米の差を生むビッグテックは、株式報酬をうまく活用している

宮田:本編に入る前にちょっとNstockの説明を少しだけさせてください。

ご存知の方もいるかもしれませんが、私はSmartHRという会社の創業者です。スタートアップの経営者として実際にSO(ストックオプション)を使っていて、結構モヤモヤすることが多かったんです。そこから、SO周りの課題を解決したいなと思って、昨年の1月にNstock を作りました。

Nstock自体は株式報酬に関するSaaSとFintechの会社なんですが、なんで株式報酬をテーマにしてるのかについて手短に話させてください。

SOに限らず、RSU等さまざまな株式報酬がありますが、この株式報酬の差が日米経済成長の差になってるんじゃないか、と私たちは考えています。

この30年で日米経済は圧倒的な差がついたと言われていますが、実はほとんどの会社では差がついていなくて、ビッグテックと呼ばれる数社だけがこの差の大半を生み出しています。これらビッグテックは、優秀な人材を確保するために株式報酬をめちゃくちゃうまく使ってます

一方、日本って株式報酬の量が米国と比べてめっちゃ少ないんです。発行してる比率も少なければ時価総額も少ない。加えて、法律の問題で使いづらいとか、スタートアップ側の慣習の問題で「退職したら失効」「権利確定がIPO後からスタート」という従業員にとって不利な条件にしているとか、あんまり報酬として魅力的ではない状態です。

出典:「S&P495で分かる ブーム化する「米国株投資」に隠れた”歪み”」

宮田:このグラフ、見たことある方も多いかと思いますが、S&P500の中からGAFAMの5社だけを抜いた495で集計すると、日本の日経平均とほとんど変わらないですよね。

ビッグテックは、1〜2%の株を年次で従業員に配ってるんですよ。Googleの時価総額が大体150兆円ぐらいの時にも2%配ってたので、毎年3兆円を従業員に配ってる感じです。Googleの従業員数約15万人で計算すると、1人当たり2,000万円分ぐらいの株式報酬を毎年配ってます

Googleの時価総額が2倍、3倍になっていくと、この2,000万円の株式報酬は4,000万、6,000万になりますよね。そんな魅力的な報酬を毎年配っている。そうなると採用もリテンションも強いんで、優秀な人をどんどん取れますし、会社も大きくなるなと思ってます。

一方で日本の株式報酬はめちゃくちゃ少なくて、例えばあのソフトバンクさんでさえ、年間で配ってる株式報酬で10億円分ぐらいなんですよね。10億と3兆だと、採用もリテンションも差がついてしまう。すごい象徴的な差になっていると思っています。

冒頭に話したとおり、さまざまな問題で日本の株式報酬が機能しにくい状態です。なかでも特に根深いのが、慣習の問題です。先ほども話した「退職したら失効」「権利確定がIPOからスタート」といったことです。例えば、最近IPOまでが長期化していて、平均で12年ぐらいかかるらしいんですよ。となると、権利確定がIPOから4年かかるとなると、SOがもらえるまで16年かかっちゃうんです。さすがにベンチャーに16年勤める方はいないですよね。こういうのを変えていきたいなと思ってます。

スタートアップの慣習は、スタートアップ自身が変えるしかないですし、そこに関わるVCの皆さんも中心となって変えていく必要がある思ってますので、今日の勉強会をきっかけに、日本のスタートアップ業界の慣習を変えて、この業界にたくさん人が流れ込んでくる流れを作れたらいいなと思ってます。

資金調達にはこだわっても、SOの細部は詰められていない

小林:今日は「KIQS勉強会」ですが、いきなりKIQSの詳細について話し始めるのではなく、SOについての心構え、皆さんの捉え方についてまずお話ししたいなと思います。SOの中身は契約書の体をなしてるんですが、皆さんどのぐらい中身を詳細に読んだことがありますか?

スタートアップを経営するなら、もちろんそのミッション・パーパスなどの実現に向けてさまざまなことをやりますが、端的にいうとお金と人を集めないといけないですよね。事業実績をつくり、カルチャーをつくり、魅力的な経営陣を揃えて、さらに報酬水準が高くないと今は人もうまく取れません。

報酬水準のなかでも、単純にキャッシュコンペンセーション(現金報酬)で大手を上回るのは難しいので、株式報酬をどう駆使するかが採用力を大きく左右する要素になっている、というのは全てのスタートアップにおいて事実だと思います。

小林:今日はCEOの方が多いと思うのですが、資金調達にCEOが直接関わっているという会社は結構多いと思います。では、SOの契約の細部の詰めまでCEOご自身が関わられているケースはどのぐらいあるでしょうか?(会場問いかけ)

 やっぱり少し減ってしまいますね。資金調達と同じくらいの熱量を投じてSOを意識的に作り込んでいる、というケースは実は少ないのではないでしょうか。

このSOの契約の細部を詰めることがどういうインパクトがあるのかについて、お話したいと思います。

べスティング起算日をIPO時点にすることのデメリット

小林:投資契約以上に、設計の違いがSOの有効性を大きく変えるということを認識しといたほうが良い、と私は常々思っています。

この細部の設計が違うとどうなるのかの例なんですが、日本の場合べスティング起算日をIPO時点にすることが多いというのはKIQSの解説記事にも書きました。「上場日起算4年ベスト」というのがよくありがちで、つまりIPOまでは一切権利確定しないというものです。

小林:これのメリット・デメリットはぱっと浮かびますか。メリットはまあぶっちゃけ管理が楽、ということです。全員が同じタイミングでベストが始まるので。SOって些細なことでも間違えると大変な事態につながりかねないので、「人によって差がない」というのは実は管理上の大きなメリットでした。また、管理が楽ということに加え、べスティング期間中は退職防止の効果が見込めるということもあります。

デメリットとしては、全員同じタイミングでベストするので、同じタイミングで財産を得て、転職を考え始めるというリスクがあります。

また、上場が長引くと、初期のころに発行したSOが失効してしまうこともあります。ちなみに宮田さんに質問ですが、SOの行使期間がチラついて、IPOを急ぎたくなることってあると思います?

宮田:その質問にストレートに答える形にはならないんですけど、僕自身は間違いなく2番目に気にするポイントですね。一番気にするのは事業成長や売上です。その次に「ところでSOの失効タイミングっていつだっけ」と会話に出てくる感じです。会社で何か大きな意思決定をするレバーのなかだと、2番目にSOがきているイメージです。

小林:なるほど、とても生々しいお話です。日本の場合、目下見直される方向(※創業5年以内のベンチャーであれば、税制適格SOの行使期間の年限を10年から15年に延長する方向で議論されている)にはありますが、並行してIPOのタイミングも長期化しており、初期フェーズに発行したSOの行使期間の年限が問題になるケースは今後も引き続き出てくると思います。

SOの起算日を上場時点にすると、上場が伸びれば伸びるほど行使できない期間が伸びるわけですから、SOの失効リスクが高まります。初期にもらった人ほど失効した際のインパクトが大きく、そうした従業員達から「いつIPOするのか」と会社が迫られるケースも出てきます。実際、IPOを遅らせることがダイレクトに何億円単位の報酬をあきらめさせることになるので、「ちょっとした不満」レベルの圧ではないと考えるべきでしょう。「未上場時にしっかり力を蓄えて大きくなってから出るべきだ」ということが最近よく議論されていますが、そうした企業にとっては特に重要な点であると言えます。

退職時失効の扱いによって、SOの魅力が変わる

小林:次に、退職時の取り扱いについてです。米国は退職時に失効しないのが一般的なんですけど、日本では「退職時にすべて失効」という契約が多いですね。どちらが正しいと一概にはいえないのですが、メリット・デメリットは認識した上で決定すべきだと思っています。

退職時失効のメリットは、まず希薄化を抑えられる点。退職時に失効しない設計だと、結果的に多くの人に付与する必要が出てきます。あとは、株主を自社の管理化における点。

デメリットの一つ目は、失効することを恐れて、モチベーションが下がっているのに会社に残ってしまう人が出てくるという点です。この点、宮田さんは経験あります?

宮田:一般的な話になりますが、人って活躍できるフェーズがあると思うんですよね。昨年SmartHR社の代表を退任したんですけど、私は500名以上の会社の経営者は多分無理なんですよ。向いてないなって自分でめちゃめちゃ思います。

でも、特に初期メンのSOをもっているメンバーが「今のフェーズじゃついていけない」と思ったとしても、退職したら失効するSOが理由で辞められなくて残ってしまう、ということは全然起こりうると思います。新陳代謝を健全に促せない要因にはなってると思います。

小林:これは組織作りにおいて決して軽視すべきでないテーマだなと思っていて、まさに初期の人ほど含み益の大きいSOを持っているので、それが理由で組織の成長をスタックさせる恐れがあるっていうのは意識しておいた方がいいと思います。

2つ目ですが、これは私の友人の会社のケースで、家族の事情でやめざるを得ない従業員がいたんですね。ご家族の介護で、どうしても離れざるを得なくなってしまった。その方はこれまで長い期間会社に貢献されてきて、当然SOも結構持っていたんですが、全部失効だったんだそうです。契約によっては、会社側に裁量の余地なく失効すると書いてあるものがあり、注意して見ておかないと、こういうことが起きてしまいます。

こういうケースをみると、退職時全SO失効の設計って、本来こういうことを意図したかったのかと、考えなければならないと思いました。

3つ目ですが、転職するときにリスクを取って入ったけど「違ったな」ということってあると思うんですよね。そのときに、給料をすごい下げて入社した上にさらにSOも失効となると、相当報酬水準が下がってしまう。既に企業で活躍して良いポジション・給与を得ているハイクラスの人材にとってはリスクが高く、転職を促すほどの魅力度のある武器になってないですよね。

宮田:ちなみに、SmartHRの社内でアンケートをとったところ、「自分のSOの価値がどれくらいかわかっている」と答えた人が4割しかいなかったんですよ。定期的に勉強会もやっているのですが、それでも6割の方は価値がわかっていないんです。

こっちは競争力を高めるためにやっているんですが、そもそも「退職すると失効」だと、当てにならないという感じで、頭の中から除外してる感じになっちゃってます。残念ですが。

小林:そのぐらい、なかなかみんなここの部分については難しいなと思ってるんでしょうね。「退職する人がSOを持ったままなんてありえん!」と短絡的に考えてしまうのではなく、メリット・デメリット両面考えて設計すべき点だと思います。

一律に決めるのではなく、会社のフェーズによって扱いを変えるなど、柔軟に設計してもよいと思います。

「ダウンラウンドで失効」のノックアウト条項には注意

小林:次に、ノックアウト条項についてです。

今日はメインのトピックではないのですが、信託SOを使うときによく出てくるケースかなと思います。拠出金を抑えるために、ノックアウト条項をセットにしているケースをよく見ます。

プレーンなオプション設計にすると、原資産に対して価値が下がりきらず、拠出金が高くなってしまうんですよね。なので、もっと下げるためにノックアウト条項をつける。よく見るのは「ダウンラウンドが発生したら失効」というものです。

昨今の情勢について皆さんもおわかりだと思うのですが、ダウンラウンドせざるを得ない状況というのがちらほらあったりします。資本政策上、調達はしなきゃいけないのに、ダウンラウンドするとSOが消えて従業員がいなくなってしまう……みたいなことになったら、すごいつらいですよね。

ちなみに、SmartHRはノックアウト条項についてはどうしたんですか。

宮田:SmartHRでは過去に有償SOを発行した際、拠出金を抑えるためにノックアウト条項をつけることになったのですが、やっぱり最初におすすめされたのは「バリュエーションが下がったらノックアウト」というものでした。

ただ、次にオススメされたのが売り上げだったんですよ。売り上げが今より下がったら……みたいな。SmartHRはサブスクリプション型なので、ちゃんと良い製品をつくれてさえいれば売り上げが下がることはないだろうということで、ノックアウト条項を売り上げの方にしました。その時バリュエーションにしていたら、この市況下では危なかったなとは思いますね。

小林:実際「バリュエーションが下がると」というノックアウト条項を入れると、ものすごいオプションバリューを圧縮できるんですね。「絶対バリュエーションは上がる」という雰囲気もあって気軽に入れているケースがあるんですけど、このせいで資本政策が縛られて、大変難しい状況に置かれているケースも耳にしたことがあります。この条項を入れるとどういう制限が出るか、というのはよく考えた上で入れるべきですね。

SOは従業員からすると大きな金額であるにも関わらず、設計ミスや会社の事情でいきなりゼロになる可能性があったり、会社の方針に制限を与えてしまうようなケースがあるわけです。なので、非常に慎重に設計するべきです。

小林:決して弁護士が悪い、ということを言いたいわけではないのですが……起業家の方はこういうことを弁護士やCFOに丸投げしていませんか? 先程あげたような論点に関してはメリット/デメリット双方あるので、外部の弁護士が一概に「こちらが良いです」と決められるものではありません。意思を持ってどう設計するか、という点を丸投げしてはいけません。

とはいえ、シリアル・アントレプレナーではない起業家がSOの詳細についてわかるかというと、さすがにわからないことも多々あるでしょうから、ここは多くのケースに触れているVCが見てあげるべきなんですよね。

ただ現状では、VCがSOの設計を細かく見てるケースは多くないと思います。自分の投資先のSOの設計をきちんと説明できるキャピタリストって相当レアです。一方で、PEファンドは投資先の報酬に関して非常にきめ細かく設計しています。報酬で人を動かすことに命をかけている、といってもいいくらい、経営陣の報酬については時間をかけて設計しています。

会社の思想に合ったSOを出さないと、重大な縛りがかかってるかもしれない、というのを意識すべきですし、経営陣に注意をうながす役割をぜひ果たしてほしいです。

小林:このあとKIQSのQ&Aに入りますが、最初に申し上げると「KIQSから1文字も変えるな」ということではないです。そういう意味ではJ-KISSとは少し異なっていて、ひな形ではあるけども、どちらかというと論点を出す目的が強かったです。

KIQSは、先程あげた論点をどちらにするか決めないと、使えないようになっているんですね。なので、論点を意識することで、設計の重大なところに意識を持つようになると思っています。それによってVCと会話がしやすくなりますよね。論点が明確になることで優先株についての議論が進んだように、SOの論点もあきらかになればよいなと思います。

SO全般に関するQ&A

宮田:では、ここから両サイドにいるNstockの野瀬さんと、山下綜合法律事務所の山下先生のお二人にメインに喋っていただきたいなと思ってます。

野瀬さんは前職のメルカリさんで、おそらく日本で最も多くSOを発行して最も苦労してきた人なので、SOにめっちゃ詳しいです。山下先生は、その野瀬さんがメルカリ時代からお世話になっていて、KIQSを作るときもお世話になった弁護士さんです。

野瀬:ご紹介にあったとおり、昨年の夏までメルカリに在籍していて、かなりの時間を株式報酬の設計と運用に割いてきました。その中で従業員、事務局、経営陣が抱えるさまざまなペインと向き合ってきました。

株式報酬のフロントランナーとしてメルカリで試行錯誤するのも十分にやりがいのある仕事だったのですが、どうせならこの経験をスケールさせてスタートアップ全体に還元できないかなと考えていました。そのときタイミングよく宮田さんがNstockを設立されたので、ビビッときて転職した、という経緯になります。

山下:山下総合法律事務所の山下です。先程こばけんさんのお話にもありましたが、本当に弁護士には丸投げしないほうがいいと思います。

会場:(笑)

山下:私は弁護士も弁護士業も好きで誇りを持っていますが、どうしても見方が平面的になりがちなんですよね。報酬制度によって従業員にどう働いてほしいとか、どう報われてほしいとか、そういう思いの部分は経営者やVCの方と共有しきれないところもあります。ただ頼るなら、”詳しい弁護士”に頼ってほしいです。

私たちはKIQSのサポートをさせていただきました。KIQSをつくるときに注意したのは、とにかく今までの実務をきっちり尊重する、でも理論的にはしっかり固める、という部分です。そして、会社として大事なことは選択肢として提示して選んでいただき、それ以外は私たちが引き取る、という意識でつくりました。今日は使いやすさについて、理論面でも感じていただければうれしいです。

Q1.政府の「スタートアップ育成5か年計画」でSOはどう変わっていく?

野瀬:まず1つ目、皆さんご存知かと思うのですが、「スタートアップ育成5か年計画」というものが出てきました。そのなかで、今後SOがどう変わっていくのか、使い勝手は良くなるか、といった質問をいただきました。

野瀬:こちらは政府のロードマップで、SOについては赤枠で囲まれたところです。税制適格SOに関しては、まず権利行使期間の延長と保管委託要件の緩和・撤廃が検討されています。直近の通常国会で審議されて、うまくいけば最短で今年の春の税制改正でアップデートされる予定です。

それ以外だと、日本版SOプールの実現に向けた法整備やガイドラインの策定が検討されています。ガイドラインは昨年経産省から「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」が発表されましたが、それのSO版をイメージいただければ良いかと思います。

宮田:保管委託要件についてざっくり説明すると、これがあると未上場でSOを行使して株に変えられないのと、M&Aの時は税制適格を保持するのが難しくなるという感じです。

野瀬:権利行使期間の延長については、現在付与決議から2〜10年までとなっているところが、2〜15年に延長される予定です。KIQSも改正され次第アップデートを行います。

Q2.SOの適切な発行タイミングについて知りたい。創業後できるだけ早く発行するのがベスト?

野瀬:次はSOの発行タイミングに関する質問です。これについては宮田さんはどうでした?

宮田:行使価格が安くなるので、はじめて起業したときはめっちゃ早く出してあげたくなるんですよね。僕も最初そうでした。でもあんまり焦って早めに出す意味が無いかなと思っています。初期はやはり目線が低くて、時価総額50億で上場するぞ、なんて思ってたりするんです。

いまならユニコーン狙おうって当たり前に考えますし、VCの皆さんならデカコーンを狙おうって投資先に言っていると思うんですよ。となると、行使価格がシードの価格なのかシリーズAの価格なのかって誤差の範囲におさまるので、その時期はSOよりプロダクトに目を向けたほうがいいんじゃない、と思います。

Q3.スタートアップの各ステージにおけるSO付与の仕方や注意点、他社の事例を知りたい

野瀬:3つ目にいきます。こちらについてはこばけんさんが作ったデータがありますので、そちらを見ながら回答いただきたいと思います。

小林:これは2021年上場の全企業の株主の欄を見て、どういう人にどのくらい配布されているかを計算したものです。創業者(含む資産管理会社)、創業者以外の顕在株保有者上位2位、3位、4位の人、それ以外の個人保有株式と従業員持株会、あと潜在株式としてのSOをカウントしています。

マザーズ全体でみるとSOは5.8%しかない。それに対し創業者はひとりで37%も持っている。米国は20%弱ぐらいなので、倍ぐらい差があります。創業者の比率が非常に高い。圧倒的に創業者寄りのバランスになっているのは日本の特徴の一つだと思います。

上位2〜4位の人の3倍ぐらい創業者が持っていて、従業員は個人保有+持株会+潜在分あわせても10%弱ぐらいですよね。これはどういうことかというと、持分比率の観点からは、創業者はスモールでも上場したらかなりの規模を得られるが、それ以外の人(特に一般従業員)は小規模上場の場合そこまでの富は生まれない、というバランスになっています。

ちなみに、SOの含み益「930億円」のうち、半分強をビジョナル一社が創出しています。ビジョナルはこの年のIPO企業の大注目株でしたが、一社でこれだけのインパクトを生み出すというのは驚きです。2021年上場前企業の、2022年12月時点の株価をベースとした算出なので、要はマーケットが一番弱含みのタイミング、といえます。ビジョナルはそのなかでも上がり続けている。ビジョナルは配布量が15%ぐらいと非常に多くのSOを配っており、そのビジョナルが1番パフォーマンスがよかった、というのはお伝えしたい点です。

Q4.海外の従業員が多いが、海外メンバーにもSOは発行できるのか? 税制適格SOのような税的メリットのある形で設計することは可能か?

野瀬:次は海外居住者に関する質問です。日本から海外向けにSOを発行できるかという質問に対する回答としては「できます」。ただし、税制適格SOのような税的メリットがある形で渡そうとすると、難易度はすごくあがります。社内のリソースだけではなく、専門家に支払う費用もそれなりにかかってきます(笑)。

前職では日本から米国と英国の子会社の役員・従業員向けにSOを発行しましたが、いずれも現地の税制適格SOの要件を満たす設計にしました。注意すべき点としては、優遇税制を受けられる税制適格SOのような制度は日本・米国・英国それぞれにあるのですが、その要件は国によって異なるということです。

  ★海外SOに関しては、こちらの記事で詳しく解説しています。

山下:海外SOの相談は、ふんわりしたものから、制度設計に関する詳細なものまで、すごく増えてきています

何気なく海外にSOを発行しているケースもありますが、実は海外でSOを発行すると、いわゆるオファリング規制(証券規制)があったり、外国為替規制があったり、様々な規制がかかるのです。SOの場合、現物と異なり株を預かるなどの業務が発生しないので、書類だけで権利を付与するというのは一応できてしまう、というのが盲点です。

また、税は非常に複雑になります。海外に転勤し途中で源泉所得の地域が変わった場合どうするか。これに関してはとても難しいです。

そのため、海外SOは、海外の役職員を含めてどれくらい魅力的な制度を準備する必要があるか、それにかけるコストに見合う効果があるか、そのあたりのバランスを考えながら進める必要があります。今後SOを含む海外の株式報酬は増えていくと思いますので、今から準備されても良いのではないかと思います。

Q5. 上場後の株価が想定範囲を超えて急騰急落を繰り返した際、役職員がメンタルを振り回されないような設計は可能か?

野瀬:次は、上場後の株価変動に関する質問ですね。こばけんさん、こちらはいかがでしょうか。

小林:これはある面ではしょうがないなとは思います。ただ、行使価格よりちょっとでも下がったら無価値になってしまうSOではなく、フルバリュー型のRS/RSUを使うことで、株価のボラティリティリスクを抑えるというケースはよくあります。

今みたいなマーケットだと、SO一辺倒だと全員ゼロになる、みたいなことがありえます。そうするとインセンティブとして無価値になってしまう。なので、フルバリュー型と併用することをおすすめします。フルバリュー型の場合、株価が下がった時にたしかに価値は減るけれども、無価値にはならないですよね。

株式報酬はそれぞれ報酬の特性が異なるので、複数出すのをおすすめします。ちなみに私が社外取締役を勤めているラクスルは、信託SO・1円SO・RSと複数発行しています。使い分けることによって、想定外のことが起きた時のダメージを抑える、という方法があります。

なお、株価が暴落した際の最終手段として、「株価が半分になったら倍あげる」などの条件で追加で付与する、というケースがあり、最近米国では増えています。

山下:リテラシーの面も結構重要なのではないかと思っています。インセンティブの中身をどれくらい理解しているかというところですね。

マーケットの状況や、自社株がどれくらいボラタイルなのか。特に従業員の方は、もちろんボラティリティーを全て説明する必要はないのですが、株価は動くということを分かってもらったうえでじっくり保有してもらう。長期的な目線を持っていただくことが大切ですね。

従業員の方には、固定報酬と違う形で報酬を受け取り蓄積してもらう、というのをわかりやすく伝えていく試みも重要なのではないかなと思っています。

KIQSに関するQ&A

Q6. KIQSは全く変更せずに利用すべきか?KIQSを利用しないほうが良いケースはあるか?

野瀬:続いてKIQSに関するQ&Aにうつります。「KIQSは全く雛形を変更せずに利用するべきなのでしょうか?KIQSを利用しないほうが良いケースはあるのでしょうか?」という質問をいただきました。

KIQSはすべての条件が予めフィックスされた契約書ではなく、会社が判断する選択肢がいくつかあります。例えば、べスティング条件は推奨案として入社日起算の25%×4年を提示していますが、会社の状況や考え方によっては、べスティングの期間を変更したり、25%フラットではなく「10%→20%→30%→40%」のような変速スケジュールに調整して活用いただくことを想定しています

「KIQSを利用しないほうが良いケースはあるのか?」という質問については、基本的に税制適格SOを発行する場合は使っていただければと思いますが、レイターステージに入って行使価額が上がると、税制適格SOの要件である年間1,200万円にヒットする可能性があります。そのような場合は、例えば非適格のSOや有償SOを混ぜて渡すという選択肢も検討すべきかなと思います。

Q7.税制適格を満たす諸条件は変わらないという理解で良いか?

野瀬:これは変わりません。KIQSはあくまでも税制適格SOで、租税特別措置法第29の2等の諸条件を全て満たす雛形になっています。

法的な要件に関係のない、退職時の扱いやべスティングをどうするか、M&Aに行使を認めるか、などについては我々から推奨案を提示した上で会社に選択していただく形の雛形となっています。

Q8. KIQSでべスティングを入社日起算とした背景とは?

野瀬:「米国ではべスティングを開始するまで1年間ほどクリフ(Cliff)があるケースが多い。入社者目線だとクリフなし、VC目線だとクリフありを力学として好むと認識している。KIQSでべスティングを入社日起算とした背景を教えてほしい」という質問です。

補足ですがクリフとは、SOを付与されてから最初の権利確定までの期間を指します。米国では「1year cliff and monthly vesting」が一般的と聞きます。入社後1年間は一切権利確定せず、1年後に25%(12/48)権利確定し、その後毎月48分の1ずつ3年間、トータルで4年かけてフルベストするという設計です。

日本だと前提が異なり、税制適格SO要件に「付与決議から2年」の待ち時間があるので、実質的に2年間のクリフがあるのと同じ状態になります。つまり、25%x4年のべスティング条件を付けた場合、税制適格SOの要件が満たされる2年後に50%、その翌年に75%、翌々年に100%が権利確定し、計4年間でフルベストします。

山下:米国の制度は、SOの条件として動かせない部分はある程度緩やかで、税制メリットを受けるためには個人の保有要件などが追加、という二段階の仕組みになっています。実際にKIQSの雛形を作っていくなかで、KIQSは、基本的な設計は税制適格SOという制度に乗っかりつつ、退職・相続など個人の特性にもできるだけ配慮した運用ができるよう設計されていると思います。

Q9. すでに従来の方法でSO発行済のスタートアップでも使用可能でしょうか?

野瀬:当然使っていただけるのですが、過去に出してしまったものについて、山下先生、補足はありますでしょうか?

山下:過去にSOを発行済みでも、改めてKIQSを使って税制適格SOを付与することは、もちろん法的にはできます。ただおそらく作り変える上で行使価額が一番気になると思うんですよね。バリューが安いときから高くなった時点での時価の差をどう埋めるか。単に行使価額が高くなっただけでは、対象者には意味がなくなってしまう。

ちなみに、一度発行したSOの内容を変更することは、その内容(たとえば行使価額や行使期間)が特定のSOホルダーすなわちいずれ株主になる方にとって特に有利な条件になるときには、有利発行と同じ株主総会の特別決議が必要で、かつそれをすれば登記実務上も通ると言われています。

事務的にはイレギュラーな登記なので、所轄の法務局とやり取りが必要になりますが、法的には可能です。ただ、実際には、足並みを揃えたいという理由で臨時株主総会を開いて、主要株主からVCまでを納得させられるかというと、どうですかね?という話を私はすると思います。

Q10. 従業員がSOの権利をもったまま退職することについて、どのような点に気を付けるべきか?

野瀬:これについてはシンプルなのですが、退職後もきちんと連絡を取れるようにしておくというのがあります。退職後に権利確定すると、行使の手続きや行使したあとの株式の売却について会社とのやり取りが発生します。特にインサイダー情報を持ったまま退職した社員については、株式の売却がインサイダー取引にあたらないかどうかきちんとフォローする必要があります。

小林:一番のリスクはその人が反社になってしまうケースです。東証の場合、SO保有者含めて1名たりとも反社が入ることを許されないです。山下先生、反社であることが判明した場合は即失効、という条項を入れても良いのでしょうか。

山下:露骨すぎる表現は入れていないのですが、反社条項みたいな形で入れて、そういった場合には自動的に失効させる形もあると思います。

Q11. KIQSによるSO付与後の管理方法に良い方法はあるか?

野瀬:こちらの回答としては、ぜひKIQSとSaaSの「Nstock」をセットでご利用くださいということになりますが、開発中のサービスについて少しご紹介させてください。

野瀬:向かって左側が事務局向けの画面です。誰にどんなSOをいつ何個どういう条件で出したかを管理できるものになっています。行使申請や行使後の株式の売却申請といった申請ワークフローも備える予定です。

右側は権利者である役員や従業員向けの画面です。諸々の前提をおいた想定キャピタルゲインを確認できるほか、行使や株式売却などの手続き、自分のSOの権利状況の確認などが行える画面になっています。

また、今後ますます日本で株式報酬が普及すると、1人あたり5回、6回とSOを付与されるケースも出てくるかと思います。そういう複数付与の場合でも、各SOがどういうスケジュールで権利確定するのかが一目で分かるような画面にしたいと考えています。

小林:実際SOを付与者に対して魅力があるものにしようとすると、一人ひとり条件がかわってきます。ただ、複雑な管理をしようとすると、管理者が退職すればわからなくなりますし、やむをえず単純化してしまった要素というのが世の中に多くあるわけです。でも本当は一人ひとりに合わせた作り方をすべきで、Nstockを使うと実務上ボトルネックになっていたためにあきらめていたことが実現できます

SOは、会社でごく数人、なんなら1人しか管理者がおらず、しかも大抵の場合Excelでの管理です。監査法人のように毎年間違いを確認してくれる存在がいるわけではなく、間違えたまま何年も経過する、ということもある。その1人の管理者がExcelの式を間違ったがために、税制適格から外れてしまう……ということだってありうるわけです。そうなると、個人にとって数億円の違いが生まれかねない。

会社の業務で、「1人しか中身をよくわかっておらず、その人が間違えると数億円のインパクトがある」業務って他に思いつくでしょうか。こんなにも重要でインパクトがあるものを、エクセルとごく少数の管理者に任せるというオペレーションは早々に卒業すべきです。ぜひNstockをご検討ください。

懇親会でのQ&A

Q1.SO行使後の株式はどれくらい売られるのか?

質問者:メルカリではかなりSOの説明をされていたという記事を拝見しました。権利行使可能になった株がどれくらい売られるのかをお聞きしたいです。

野瀬:メルカリは上場時で20%ほどのSOを出していました。ロックアップが終わって一斉に売却期間が始まると多くの株式が市場で売られることが想定できたので、あらかじめ社員向けに売り方の勉強会を行っていました。少しずつ注文を出す分散売却の推奨やVWAPを使った売り方の案内等です。下手な売り方をすると株価が下がって自分たちが損をすることになる、というリテラシーを付けてもらうことが大事かなと思います。

Q2. 経営陣と従業員のインセンティブのモチベーションの比率をどう調整すればよいか?

質問者:経営陣と従業員のインセンティブのモチベーションの比率をどう調整すれば良いでしょうか。IPOのプラクティスは発行済み株式数に1年以内に行使可能なSOを含めると思いますが、フルベストされると10%、15%分ダイリューションしますよね。すると、未上場株の投資家ってそれを踏まえて投資することになるので、すでに顕在株を持っている経営陣が想定以上にダイリューションするわけですよね。

すると、経営陣のバリュエーションをケアして経営陣側をデモチさせないようにするか、従業員にベストプラクティスのようなSOを付与して従業員のモチベーションを上げるかどちらを取るかがあるとおもいます。

宮田:少なくとも創業経営者たちはあまり気にしないと思います。資本政策で潜在株、顕在株込みで見ていますし、周りの起業家にもSOを多く配ったほうが良いという人が多いです。自分のシェアを守るために小さくまとまるより、会社を大きくしてキャピタルゲインも大きくし、従業員みんなとも富をフェアに分配しようという価値観の人が周囲には多いし、特に若い起業家ではそういう価値観の人が増えている気がします。

Q3. 「Exitが決まったときにフルベストできる」という条項が入っている場合が多いが、税制適格に含まれているのか?

山下:KIQSは選択肢を増やしすぎないという思想があり組み込まれていませんが、税制適格要件の2~10年の範囲内であれば、条項を付け加えたり調整すればその仕組みも可能だと思います。べスティング期間の置き方にもよりますが、長めに期間を取りたいということであれば良いのではないでしょうか。

Q4. 連絡がつかないためM&Aしたくても動けずスタックするケースの回避方法

質問者:KIQSが流行って未上場でもSOを渡すべきだと進めた結果、退職者の連絡がつかずM&Aしたいのに動けずスタックしてしまうケースがあった場合、どういった回避方法があるとおもいますか?

宮田:Nstockを使ってもらうと連絡が取れないリスクが下げやすいかなと思います。確約はできないですが、規模の小さい会社様は無料というような料金体系におそらくすると思います。

仮に退職した従業員さんと連絡できなくなったとしても、それでも会社の中に2〜3人仲の良い人がいるケースは多いと思います。そういったネットワークを駆使するのも手段です。

山下:リーガルの観点からお伝えすると、退職の際に放棄の申出書を書いてもらうことです。「退職したあともSOは存続するものの、所定の連絡先に連絡しても一定期間連絡が取れなければ放棄したものとみなすという」条項を入れる方法もあります。

リーガル上議論があるのですが、退職者との連絡を取りつつ、一定の範囲の人を対象に取締役会決議をすることで回収する、ということは一応法的には可能です。そういう余地も残せるような雛形にはしてありますので、段階的な措置は考慮しているということは理解いただけると嬉しいです。

Q5. KIQSを用いる場合、投資先企業が従業員に上手く説明するには?

質問者:KIQSを投資先企業に見せた時、「M&Aした時も従業員に対して還元できるというのが良い」という反応がありました。一方で買う側次第というところもありまして、このあたりを従業員に説明するにあたって良い意見はありますでしょうか?

宮田:一般的な税制適格SOの雛形だと、「M&Aされたら失効する」というのが少なくないんですよね。そこで、SmartHRも当時良いか悪いか判断がつかずに条項を入れてしまったという背景がありました。KIQSでは、そもそも失効しない条件になっている、ということを伝えてみてください。

野瀬:M&A時に「税制適格を維持できる」というのは、KIQSで確約されているものではありません。株券発行会社への移行を含め、保管委託要件を満たすという実務上のハードルをクリアする必要があるためです。それでもチャレンジしてみよう、という会社が現れることを期待して、その余地を残しています。

Q6. 上場準備における退職者のSOの取り扱いについて

質問者:退職した人にもSOを配る場合において、連絡が取れたら大丈夫というお話がありました。そこで上場の準備の実務を考えた時、制度ロックアップははじめから確約をもらうとして、任意ロックアップを証券会社に求められた場合、既存の従業員であれば「絶対に書いて」で済む話が、退職者が居たら書いてもらえず実務が止まるケースもあるかなと思いました。

保守的に管理するなら退職時失効と思うのですが、会社が有無をいわさず失効させるとかはできるのでしょうか?

山下:基本的には連絡を取れないことに対する解決手段なので、連絡を取れるようなシステムを作り、連絡を取れなかった場合にはやむをえずその人から無償取得するといった段階的なものです。ただ、強制的に取得できるかというのは現行の会社法上の論点になっています。

発行要項に明示的に書いてあれば、「上場前の任意ロックアップに署名してくれなかったら没収する」みたいな項目を書いておけばもちろんできます。とはいえ、なかなか発行要項には書けないので、「取締役会の決議によって定める事由」という無償取得事由を決めるのですが、それで無償取得できるかどうかというのは見解も分かれうるところなのです。

実際に本人が争う余地がないわけではありません。ただ、実務的には無償取得できるような形にKIQSを作っていまして、争いになるかもしれないけれど一旦無償取得するというものにしています。

急募 エンジニア
KIQS 税制適格ストックオプション 契約書ひな型キット
株式報酬SaaS Nstock

新着記事