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10X CFOが語る「セカンダリー取引は、スタートアップへの転職を後押しする福利厚生」の真意とは?

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10X CFOが語る「セカンダリー取引は、スタートアップへの転職を後押しする福利厚生」の真意とは?

「セカンダリー」とは、すでに発行された株やSOを投資家間で売買すること、を指します。米国では一般的であるこのセカンダリーは、日本国内では法や慣習の問題からまだ実現されていません。

ですが、もしも米国などのように、未上場の段階で株やSOを売買できるようになったとしたら?今回は、10X社の報酬設計を担当している取締役CFO 山田聡さんに「もしもSOをセカンダリー取引できたら?」をテーマに話を伺いました。

山田 聡(やまだ さとし)
取締役CFO。三菱商事株式会社でロシア・カザフスタン向けの自動車販売事業・現地販売会社のM&A及びPMIを経験。その後、米国系PEファンドであるカーライル・グループに参画し、おやつカンパニーやオリオンビールの投資・PMIを実行。Wharton MBA(2017年)。10X以外にもVoreas北海道を始めとするスポーツチームの経営支援に関わる。


小澤 慧(おざわ さとし)
三菱商事の新産業金融事業グループにて、ファンド投資業務や投資先スタートアップ支援等に携わった後、在NYの金融機関向けAML/KYC管理SaaSのAlloy(シリーズC)と、同じく在NYのコンプライアンス管理SaaSのThemis(シード期)でChief of Staffとしてセールス、マーケティング機能の立ち上げを経験した後、Nstockに入社。ペンシルベニア大Wharton校にて、MBAを取得。

三菱商事、MBA留学、カーライルを経て10Xに入社

小澤 慧(以下、小澤):山田さんは商社や投資会社を経て10Xへ入社されていますよね。入社を決めた理由などを改めて教えてください。

山田 聡(以下、山田):経緯は色々あるのですが、ひと言でいうと「社会のインフラとして残るものを作りたいと思ったから」です。僕は新卒で三菱商事に入社し、海外でのM&A案件や子会社買収、PMI(Post Merger Integration、M&A成立後、企業統合による効果を最大化させるための一連のプロセス)案件などを担当したのち、MBA留学を経て投資会社(PEファンド)であるカーライルへ転職。そして2020年初めに10Xへ入社しました。

前職までのキャリアで、創業60年ほどになる企業とも一緒に仕事をさせていただくことがあったのですが、彼らの経営を間近で見させていただき、「これだけ長く生き残っているということは、創業者がかなり強い思想やカルチャーを持って長期視点で会社を立ち上げた証拠なのだな」と感じていました。そして、その多くが大きな構造課題を解決し、社会のインフラになっている。僕も純粋に、そういうものを作ってみたいと思いました。その点、10Xは創業者である矢本(矢本 真丈さん)が「(10Xの経営を)50年はやる」と言っているので、考え方の相性もいいように思ったのです。

また、カーライル時代に食品流通業界を担当していたこともあり、小売チェーン向けECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」の展開を当時検討していた10Xの事業領域に対しても最初から一定解像度が高かったんです。食品流通業界はまだまだ労働集約的で、これからDXを必要としていて、長期的に見てもその領域はどんどん広がっていくことは明らかでした。そういった条件が揃っていたため、10Xで挑戦しようと考え、入社を決めました。

小澤:ありがとうございます。あとは余談ですが、山田さんは「来た相談は断らない」と日頃から仰っておられて、数々の悩めるスタートアップの相談に乗ったり、イベントに登壇されている印象もあります。

山田:自分ではよくわからないところですけれども(笑)。ただ、ペイフォワードのような姿勢を持つことは大事だと思っています。僕自身もスタートアップに参画する際に、諸先輩たちから学ばせてもらったことはたくさんあり、おかげで会社としても自身としてもここまで成長できました。何より、日本のスタートアップはもっと成長し、経済の活性化に貢献していかなければならない。けれども、スタートアップ1社の中での学びのサイクルは、創業からIPOまで短くても7年ほどあります。そんなに長い間、似たような失敗をくり返してしまうのは非常にもったいない。同じ轍を踏ませないためにも、自分が学んだことは(IPOまでの一周を待たずに)どんどん還元していきたいのです。

小澤:失敗からの学びを還元してすることで、日本のスタートアップエコシステムを盛り上げたい気持ちがあるということでしょうか?

山田:なんなら、ぶち上げたいですね(笑)。MBA留学をしていたころ、伸びる業界や産業には人やお金がどんどん集まり勢いも増していく構図を目にしていました。しかし、最近の日本にはそういったホットな領域があまりみられないように感じます。むしろ、日本独特の閉塞感もあるようにも。その原因は、勢いある業界や産業が少ないことにあると思っており、スタートアップは「新たな産業を生み出す」という意味でも、多くのチャンスが眠っています。うまくいけば起爆剤として、日本経済全体の雰囲気を変えられるし、若い世代の希望にもなる。10Xでの事業もそういったエコシステムに少しでも貢献していければ良いなと思っています。

役員報酬は難しい問題。僕も家を変えました(笑)

小澤:山田さんは10Xの創業初期ごろに入社されましたが、役員報酬は当時から話し始めていたのですか?

山田:けっこう早い段階で話し合っていました。10Xの役員報酬は、市場や上場企業における水準を鑑みたうえでディスカウントファクター(会社の置かれた財務リスクやフェーズを踏まえた一定の割引率)で算出しています。10Xの現在地と、企業の成長フェーズに合わせてディスカウント幅を調整していくような感じです。

そのため、多くのアーリーステージにおけるスタートアップもそうだと思いますが、僕自身も入社当時は前職に比べて給与水準を落としたかたちで入社しています。一応、矢本さんとは「(入社当時の山田さんの報酬について)現段階ではこの給与水準でいいけれど、10Xが順調にマイルストーンをクリアしたら再検討しよう」というかたちで話し合っていました。

でもこれは…とても難しい問題ですよね。スタートアップで挑戦したい気持ちはあれど、条件によっては生活水準を落とすことにもなる。10Xでは市場水準を踏まえた適切な給与を支払っているつもりですが、それでも潤沢に出せる原資があるとはまだ言えるわけではありません。僕も入社前は家計のキャッシュフローを調整するために、賃貸から持ち家に変えるなどコストを調整しましたので(笑)。

小澤:目先のキャッシュインに対応して、生活費などのキャッシュアウトを調整するのは、会社ではなく個人としても大切な観点ですよね。10Xは、内定者や採用候補者へSOを含めた説明をする時間も設けられていると聞いています。具体的に、どんな説明をしているんですか?

山田:10XでSOを用いた報酬設計を作ったのは2020年5月。僕は同年3月に入社しているので、その時点から設計に関わっていました。

説明内容はおもに「SO設計の概要」「段階的にどれくらいの価値になっていくのか」の2つをセットにして、実際にシミュレーションを交えながら全員に30分ほどかけて伝えています。たとえば、10Xの時価総額が1,000億円になる場合、事業はどんな状態になっているのか、それをどんな時間軸で目指すのか、達成したらどういった財務数字が出て、SOの価値はどれくらいになるのか…など。

前提として、SOは「持分比率 x 時価総額」でキャピタルゲインが計算されます。つまり「SOの価値の源泉になるもの」をしっかり説明しないと、社員の納得感を得られません。「10Xではどのように設計しているのか」「どうすれば納得感を持ってもらえるのか」を常に意識し、できる限り具体的な数字を出しながら話していますね。そして内定者や採用候補者の方々に自分ごとのように捉えてもらい、最終的には「個人としてリスクをとってチャレンジした分、会社の企業価値の向上に貢献することで、結果的に個人のリターンにも繋がる」という認識を一致させる。それがゴールだと思っています。

小澤:内定者や採用候補者全員に30分ずつ時間をかけて説明するとは、なかなかの労力をかけているんですね。それによる投資対効果はどうですか?

山田:効果は高いですね。これをきっかけに入社を決めてくれた社員もいて、内定承諾率にも貢献できていると思います。なかには「SOを出している他企業を受けていたが、あまり説明されずに理解できなかったため辞退した」と話す社員もいます。SOの金額だけではなく、説明による納得感と透明性を評価してくれているようです。

あくまでもSOは「会社と社員の目線を揃えるためのツール」

小澤:そもそもSOが報酬設計に入っていることで、どういったメリットを感じていますか?

山田:10Xのミッションに共感し、大きな事業機会を作る面白さやその挑戦にある成長機会を求めて入社を決めてくれる人を良い意味でスクリーニングできているところでしょうか。未来を一緒に作ろう、と覚悟を決めてくれるのは、とても嬉しいですね。

10XにはAmazonなどの外資系企業から入社を決めてくれた社員がいます。しかし、そういった企業に比べると、我々の現金報酬は見劣りするものになってしまう。そして最近ではプロダクトマネージャーやエンジニアの給与相場も上がっていますよね。そうなると、10Xで一定市場水準の給与を支払っていたとしても、相対的に見ると多少なりとも水準を下げて入社する社員が出てしまいます。SOがあることでそういったリスクを負ってくれた社員に対してアップサイドで報いると言いますか、難易度の高いことにコミットする価値をうまく伝えられている気がします。

小澤:SOが給与の差分を埋める役割も果たしている?

山田:「入社を決める後押しになっている」という感じですね。SO自体が中長期的なものであり、不確実性も高いかつ長期性のインセンティブなので「給与との差分を埋める役割」とするにはマッチングが悪い。それに、社員それぞれが入社後に担う責任や会社への影響度も異なります。なので、10XでもSOを「給与との差分を埋める」という認識にならないよう、「将来の10Xのアップサイドを社員と共有するためのものであり、リスクをとってくれた社員に報いるツール」と話しています。

小澤:「差分を埋める」ような保守的なメッセージではなく、リスクを取ってスタートアップに入社して、会社の成長に貢献してくれた社員に対して報いる手段、というアップサイドと会社目線とのアラインを強調されているんですね。

山田:会社と社員が同じ目線を持つことは大事ですが、揃えるのは必ずしも簡単ではありません。だからこそ、経営陣である僕らの説明責任は重大です。全社的な戦略上の方向性を示しつつ、個別の取り組むべきイシューとして、たとえばプロダクトやオペレーションの品質を高めていく取り組みの優先度の高さをみんなにちゃんと伝える。その結果、社員一人ひとりが「会社にはこういった方針があるから、今これをやるべきなんだ」となれる。そうやって、経営陣と現場の距離を縮めて解像度を上げ、納得感を醸成できるように気をつけています。

SOのセカンダリー取引で優秀な人材の流動化が高まる

小澤:Nstockはセカンダリーのプロダクトに取り組んでいますが、山田さんから見て、SOや普通株式のセカンダリー取引をどう捉えていますか?

山田:日本でも絶対にSOのセカンダリー取引ができるようにしたほうがいいと思っています。

未上場のスタートアップにおけるSOの難しさは、IPOまで報酬をキャッシュで受け取れないこと。しかも、IPOできるかどうかの不確実性があるのはもちろん、そこにたどり着くまでの期間も7〜10年と長い。SOのセカンダリー取引が実現すれば「IPOするまで」という長いサイクルに囚われず、会社の早期からコミットしてくれた社員に対して「このフェーズまでの企業価値の成長の一部を還元します」とできます。これは、なかなか面白いと思うんですよね。

そのメリットの1つとして挙げられるのが「優秀な人材の流動性を高められること」だと思っています。

スタートアップで起こりがちな問題の1つに「創業当時に活躍した社員の流動性が損なわれること」があります。創業期はゼロイチが得意な社員が多く集まっているので、組織拡大につれて「合わない」となってくる人がいるのは当然の流れです。しかし、IPO前であればSOでの報酬を受けるのが難しいために次のチャレンジができず、アンマッチな環境に身を置き続けなければならない社員もいます。SOのセカンダリー取引があればそういった問題を解決できるので、貴重な人材の流動性を高めることにもつながります。

小澤:退職時にSOの持ち出しができない場合は、創業初期に活躍した社員はSOを諦めて退職するか、活躍できるステージを過ぎているのに会社に残らざるを得ないですよね。SOの持ち出しができる場合でも、その会社が上場するまで、それまで活躍した対価が受け取れず、そのまま次のスタートアップへ転職してまたSOをもらって…と積み上がってしまうケースもありますよね。

会社としても、退職される社員が、これから活躍してほしい社員にSOをバトンタッチする手段があった方が、資本政策やエンゲージメントの観点からも良いかもしれませんよね。

山田:おっしゃるとおりです。最近ではコーポレートガバナンスの観点で、役員は一定の割合で株式報酬を持つようになっていますが、持ちっぱなしになっているケースも少なくありません。SOを出しっぱなしにしてプールさせてしまうより、多くの社員が企業価値向上にアラインできるようにセカンダリー取引で譲り受け、今のフェーズで最大限貢献できる人にバトンタッチできるようにしたほうが自然な流れのようにも思います。

小澤:ちなみに、セカンダリー取引は採用の解決手段にもなりそうですか?

山田:セカンダリー取引による事例が増えれば、アーリーステージのスタートアップへ飛び込むという手段を選ぶ人がもっと増えるはずです。今までアーリーステージのスタートアップはアントレプレナーシップの強い人や長期間でのリスクを恐れないタイプの人以外は挑みにくいところがありましたけれど、「まず3-4年スタートアップで頑張ってみよう」といった感覚の大企業の人も挑戦しやすくなる。それに、20代後半〜30代の油がのったビジネスパーソンから見ても「5年くらいこの会社に懸けてみよう」と思うきっかけになると思います。

小澤:米国では、セカンダリーマーケットを導入しているだけで内定承諾率が10%以上改善した会社もあったようです。僕自身も、MBAの借金があるにも関わらず、アーリーステージのスタートアップで働きたいなと意識したきっかけは、前職時代の上司が、セカンダリーでSOを売却して、50社以上の会社にエンジェル投資をしていたことを知っていたからでした。身近にセカンダリーがなかったら、アーリーステージのスタートアップは選択肢に入らなかったかもしれないです。

山田:一方でセカンダリーマーケットが日本で普及してくための重要な課題として、売買価格をどう定めるかという視点が重要だと思っています。相対取引なので最後は価格は自由に決められますが、上場企業と違って客観的な時価のついていない未上場株になるので、売買した双方にとって納得感のあるフェアバリューでの売買をどうガイドしていくかというのは非常に大切な観点だと感じます。

たとえば、セカンダリーで購入した社員の方が本来の価値より高く買わされてしまい、その後損をしたという事例が増えてきてしまうと、セカンダリー取引自体の不信感に繋がってしまうリスクもあり、このあたりは簡単ではないと思いますが、何らか客観的な基準値やガイドなどが必要になるだろうな、という感覚を持っています。

小澤:米国では、事務局向けセカンダリープロダクト大手のCarta社が、セカンダリープロダクト上で、スタートアップの事務局側が取引価格のレンジを指定して、その範囲内でのみ売買取引できるようなプロダクトを提供しています。まさにフェアバリューの基準を指定することで、仰っているようなトラブルを避ける役割として機能している印象がありますね。

セカンダリーの魅力は「IPOまでの制限時間」から解き放たれること

小澤:資本政策についてはどうですか?たとえば、米国ではアーリーステージの投資家が、レイターステージの投資家にSOを売るケースもよくあります。

山田:まさに、投資家間でバトンを渡す手段としても、セカンダリー取引は有効だと思います。社員だけでなく、投資家の方々にとっても最適なフェーズがありますので。

何より、SOのセカンダリー取引がスムーズにできるようになれば、大型IPOを目指すスタートアップがどんどん増えると思っているんです。スタートアップがIPOするまで、創業者や初期メンバーは株式報酬の実現を我慢する期間が最も長いことになります。経済的な理由もあり企業規模がそれほど大きくないタイミングでIPOへ踏み切るスタートアップもあります。セカンダリー取引が可能になれば上場のタイミングと切り離して、3〜4年で一部資金をマネタイズし、その後さらに上場に向けて個人の資金的な心配なく長期で取り組んでいくという動きもしやすくなるはずです。

小澤:山田さんのご意見もしっかり踏まえて、Nstockは会社、従業員、投資家全員が安心して取引できるセカンダリープロダクトを作りたいと思います。!本日はありがとうございました!

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