日本企業においては、入社時に「給与=キャッシュ」のみを報酬条件として提示することが一般的ですが、一方で米国企業では、RSU(譲渡制限付株式ユニット)やSO(ストックオプション)を報酬条件に組み込んでいるケースが多く存在します。そのため、オファー承諾時にはRSUやSOの割合、将来的な企業の株価をふまえて入社を検討することがほとんどであるのだとか。現在、Meta社(旧Facebook)でプロダクトマネージャーを務めている中里 将久さんもそうだったと話します。
中里さんは、メリルリンチ社、カーライル社を経てUCバークレーへMBA留学。卒業後には米国で就職活動をしてAmazon社へ入社し、現在はMeta社でプロダクトマネージャーを務めています。そのようなキャリアを歩む中里さんは、どんな観点から米国ビッグテックを魅力に感じ、選び分けたのか。またAmazonやMetaの報酬制度の実態はどのような内容なのか。お話を伺いました。
中里 将久(なかざとゆきひさ)
メリルリンチ日本証券(現バンク・オブ・アメリカ)、カーライルグループ東京オフィスでM&Aや投資を担当したのち、UCバークレーへMBA留学。その後、Amazon本社へ就職し、2022年4月からはMetaへ転職。現在はMetaでプロダクトマネージャーとしてAI開発などを担当している。
小澤 慧(おざわさとし)
三菱商事の新産業金融事業グループにて、ファンド投資業務や投資先スタートアップ支援等に携わった後、在NYの金融機関向けAML/KYC管理SaaSのAlloy(シリーズC)と、同じく在NYのコンプライアンス管理SaaSのThemis(シード期)でChief of Staffとしてセールス、マーケティング機能の立ち上げを経験した後、Nstockに入社。ペンシルベニア大Wharton校にて、MBAを取得。
家族で話し合った結果、日本へ戻らず米国現地で就職

小澤:中里さんはUCバークレーへMBA留学後、日本へ戻らず、米国のAmazon本社へ入社されていますよね。どうして日本へ戻らなかったのでしょうか。
中里 将久(以下、中里):実は、当初はMBA卒業後に日本へ戻る予定だったんです。しかし、家族で話し合ったところ、子育ての環境や働く環境などを考えると「米国に残ってもいいんじゃないか」と考えるようになり、現地での就職を選びました。そうすると、自ずと就職先の第一条件が「就労ビザをサポートしてくれるところ」となり、投資銀行やコンサルティング企業、テック企業の3つに選択肢は絞られていました。
当時は子どもが2歳とまだ小さかったことから「ワークライフバランスを取れるところは?」と考えた結果、Amazonを選びましたね。このように、どちらかというとキャリア重視ではなく、生活や家族など、現実的な観点から就職先を選んだというのが本音です。僕の場合、ロケーションは「米国」と最初から決まっていたので、他の選択肢はなかったですね。
小澤:私自身もMBA卒業後、結婚をきっかけに日本へ戻ることを検討した経験があるのでとても共感します。それからは転職して、現在はMetaで働いていますよね。転職した理由を教えてください。
中里:ひと言にまとめると、Amazonでの仕事に刺激を感じにくくなったからでしょうか。Amazon時代は各ブランドのレポジトリを作るチームを立ち上げたり、アナリティクスチームのマネージャーをしたりと約7年間ほど働いていました。そのなかで、役割やミッションはもちろん、モチベーションも少しずつ変化していきました。
また、ちょうどそのタイミングで新型コロナウイルスが流行したことから金融緩和が進み、米国テック企業は各社とも活発に採用活動をしていました。僕のところにも多くのリクルーターからスカウトメッセージが届き、それもきっかけとしては大きかったように思います。逆に報酬面はきっかけではなかったですね。そして2022年4月、Metaへ転職しました。
小澤:ありがとうございます。中里さんはAmazonに入社された際はプロダクトマネージャーではなかったかと思うのですが、ロールチェンジにはどのような経緯があったのでしょうか。
中里:AmazonにはMBA採用プログラムを通して採用され、基本的にはファイナンスのアナリティクスをメインにやっていました。それからしばらくして、当時一緒に働いていたプロダクト責任者から「プロダクトマネージャーをやってみない?」と声をかけてもらって。丁度その頃に大きな組織改変があって所属組織が消滅するという衝撃的な事情もあり、それでプロダクトマネージャーに転身することになりました。Amazonには日本で言うところの経営企画に近いようなプロダクトマネージャーのロールもあったりします。僕が最初に任されたのは、まさにそのようなポジションでした。もともとAmazonのファイナンスは経営企画のようなことをやるので、タイトルは変われどやっていることはほとんど同じでしたね。
小澤:投資銀行時代の経験を活かしつつ、自然とプロダクトマネージャーへ軸足を移すことができたのですね。
中里:そうですね。「ファイナンスからプロダクトマネージャーへ転身」と聞くと、大きくロールチェンジしたように思われるかもしれませんが、プロダクトマネージャーになった直後にやっていたことは前のロールとほぼ同じです。例えば、「不正品をなくすためのコスト算出」について。システム開発にかかるコストはもちろん、それによってお客さまの購買行動がどう変わり、売上に影響するのかを考えたうえでコストを算出し、投資するかどうかを判断する。……とてもファイナンスっぽいですよね(笑)。
「報酬はRSUで受け取ってもらう」というAmazonの基本思想
小澤:Amazonでは入社時、現金とRSUを組み合わせた報酬条件が提示されると聞いています。内容について具体的に教えていただけますか。
中里:Amazonの報酬は①ベースサラリー(毎月振り込まれる給与)、②RSU、③サインアップボーナスに分けて設定されています。この報酬の組み合わせ方は、米国テック企業の場合はおおむね各社同様かと思います。

Levels.fyi内のデータより抜粋
その中でも、Amazonの場合は「報酬はベースよりも、RSUを手厚く」という思想があり、昔はどれだけ上位役職者であっても、シアトルで勤務している場合のベースの上限は約2,200万円($160k)に設定されていました。一方で、RSUは非常に広範囲の職員に配られているのが特徴です。例えば、シアトルの本社に勤務している正社員の多くはRSUをもらっているのではないかと思います。
ただ、オファー面談などの場面において、選考を受けている方から「なぜAmazonはベースがこんなに低いんだ?」といった質問が寄せられることはありました。例えばMicrosoftではベースサラリーの上限が$160kで抑えられているようなことはないので、当然そう思いますよね。そのような時にはよく「Amazonの株価はずっと右肩上がりなんだ、会社の成長を一緒に共有できるようにRSUで報酬を多く配っているんだ」と回答していました。
小澤:実際に中里さんが入社された7年前を振り返っても、株価は文句がないほど右肩上がりになっていますもんね。RSUの詳細をもう少し深く伺えますか。
中里:まずRSUの配布量は「職種とレベル」によって決定されます。今はわかりませんが、当時のMBA採用向けのパッケージは、RSUは付与から1年間は権利確定せず、その後、入社2年目を経過してから、少しずつ権利確定する条件になっています。権利確定が始まってからは、トータルで4-5年かけて全てのRSUが権利確定するスケジュールが一般的だったと思います。多くのAmazon社員が入社時に受け取るRSUは、入社から約5年くらいで権利確定が終わることになるので、その後に受け取るトータルの報酬はガクンと下がります。そのため、年に1回「来年以降のRSUをどうするか」を話し合う場が設けられています。
ちなみに小澤さんの言うとおりAmazonの株価は右肩上がりです。僕の場合はとてもラッキーで、入社当時から辞めるタイミングまでで株価が約8倍になりました。したがって自分のロールに設定された給与の上限を大きく突き抜けている期間が長く、その間は追加でRSUを貰うことはありませんでした。
小澤:RSUが追加発行されるかどうかは、株価も考慮された上で行われるんですね。
中里:そうですね。仮にオファーレターでRSUの条件が「$100k」と記載されていた場合、そこに同じく「◯月の平均株価をもって付与する株数を決定する」という旨が表記されています。そして入社時には、そこで決められた数式で計算された通りの株数が明記されたオファーレターが再送付されてきます。つまり、この時点で確定した株数×将来の株価が実際に権利確定する際の給与額となり、この額をベースに追加でRSUを付与するかどうかが議論されることになります。僕の場合は、その間に株価が急激に伸びたため、該当する職種・レベルの給与水準を大きく上回ったということですね。
小澤:丁寧に教えていただきありがとうございます。すごくよく理解できました。中里さんは会社を選ぶときにRSUを意識していましたか。
中里:オファーを考慮するうえで「この会社の株価はどれくらい伸びそうか」は見ていますね。その点で、Amazonは株価が伸びるだろうなと思ってはいました。また、現職のMetaに就職するときは、オファーを承諾するか少し迷っていたんですよね。しかしその時、Metaの株価がちょうど下がっていて、リクルーターから「今のMetaの株価は割安だから入るにはよい時期だ」と言われました。なんの根拠もないので適当だなぁ〜と思ったのですが(笑)。偶然だとは思いますが、その言葉どおり当時から40〜50%ほど株価が伸びているんで、大事な視点だなと思っていますね。
報酬制度にRSUがあるメリットは「社員のオーナーシップ強化」
小澤:AmazonはRSUだけでなく就労ビザのサポートがあるなど、安定的なイメージが強いです。ただ、スタートアップに比べて、会社のプロダクトや仕組みが出来上がっている分、高い給与とビザが目的で、就職した後に期待した働きをしてくれない社員もいるのではないかと思います。そういった問題を回避するための環境づくりにおいては、どのような工夫をされているんですか?
中里:まず「RSUをもらう社員はサボらないのか?」のテーマでいうと、RSUとは別の制度設計による影響が大きいです。
Amazonには「unregretted attrition (後悔のない人員削減)」という、一定割合の社員に退職を促す思想があります。一方、Metaの報酬体系はAmazonと若干異なり、Refresherと呼ばれる、一定の数式で計算される株数のRSUが毎年付与されるのですが、社員自身の評価結果が基準に満たなければ、このRefresherの額が大きく減少します。つまり、両社ともにパフォーマンスが評価されなければ、自然と会社を去っていくよね、という流れがあるんです。逆にトップパフォーマーは、頑張れば頑張るほど評価結果も良いものとなり、給与もRSUも良い条件になっていく。このように、RSUの枠組みの外側にある評価設計がアメとムチになり、社員のモチベーションをコントロールしています。
企業がRSUを社員に付与するメリットを挙げるなら、「社員が企業の意思決定や業績を自分ごととして捉えるところ」かと思います。AmazonでもMetaでも、業績が上がっていない施策に対して、社員から「なぜなのか?」という声がいつも積極的に寄せられていましたし、「他の部署や自分の給与に関係ない仕事だから放っておいてもいいや」ではなくて、ちゃんと興味関心を持って、自分から意見を発信していく文化が醸成されていました。
小澤:RSUがあることで社員がオーナーシップを持つようになる、ということですね。このような「経営層に積極的に意見していく姿勢」は、メリット・デメリットがあるように感じるのですが、いかがでしょうか。
中里:僕個人としては、そういった議論が企業内で起こること自体はヘルシーだと思っています。経営陣には説明責任があるので、社員がオーナーシップを持てば社内的なチェック&バランスも保たれます。喧々諤々としつつも健全なやりとりを経ることで、経営層と社員がいい関係になっているんじゃないかと思っていますね。
そういう意味では、業績が伸び続けている成長企業にとって、RSUは採用の武器になります。なぜなら、業績と株価が伸びている限りは「一緒に夢を見よう」という語り方ができますから。小さな規模でも、RSUをうまく活用しながら成長する企業はどんどん増えていくような気がしますね。僕は自分自身の経験からもRSUがとても好きですし、面白いなと感じます。
小澤:特にどのあたりに面白さを感じていますか。
中里:もともと金融出身だったこともあるせいか、株式投資が好きなんです。RSUをもらうとは、すなわち自分もマーケットに立つことになります。まず、そこが面白い。
もう1つは、企業の将来性や資産配分に鑑みて意思決定したことが、1〜4年後に答え合わせされるところもいいですよね。目利き力が養われますし、ベンチャーキャピタルほどではないかもしれませんが、多少のリスクをとることになるのはドキドキ感もあります。
小澤:中里さんのように、MBA卒業生が米国現地でそのまま就職するケースは多いです。そこはやはり、採用戦略にRSUがあることも要因になっているのでしょうか。
中里:報酬制度の1つとしてRSUを導入する米国のスタートアップも出てきているので、その影響は大きいと思います。オファーの段階でもバリュエーションの話はするので、ピュアに「この会社は絶対に伸びそうだ」「会社の成長に賭けよう」と思って入社する人も少なくありません。実際に株価や業績が上がってくると、権利が確定し切るまでの数年間は確実に辞めることはできない。そういう意味ではリテンションも効いていますね。ただし、その逆も然りです。株価がグッと落ちてしまうと、当然ながら受け取れる額面も2分の1や3分の1などになります。そうなると、退職したいと思う人も増えます。その辺も、ハッキリとしていて分かりやすいですね。
RSUを通じて、成長業界でのやりがいを得る
小澤:先ほど、Amazonの給与は上限が約2,200万円($160k)と話されていましたが、現在の米国の物価を考えると決して高くない金額に思えます。皆さんはどのように生活されているのでしょうか。
中里:$160kというベースサラリーは、10年前のシアトルで考えるとわりと適正なんですよね。あまり華美な生活はできませんが、コストを抑えてRSU分を現金化していけば、そこそこの場所でシングルファミリーホームを構えることができました。しかし、私が入社した2015年頃からは株価の上昇のせいか物価も上がり、そうはいかなくなってしまった。また、当時からサンフランシスコのような一部エリアでは、Amazonでも約3,000万円($200k)に近いところまでベースを出すケースもあったようです。それでもベイエリアだと高い水準ではないですし、RSUが権利確定したタイミングで即時売却して生活している人は多かったと聞いています。今はこのベースの$160kというキャップは廃止されましたが、インフレの影響は大きいなと思います。
加えて、RSUの権利確定スケジュールは各社違っていて、Amazonは年に2回、Metaは年に4回、Googleは聞いた話ですが毎月のようです。そう考えると、物価が高いベイエリアに住んでいて、住宅ローンが重めな人などはGoogleのスケジュールがありがたい。そういった観点で企業を選ぶ人もいます。
小澤:その場合、Amazonの社員から「Googleのような権利確定スケジュールを採用してほしい」という要望はあったりするのでしょうか。
中里:そういった話は社員間ではよくありました。ただ、オフィシャルなコミュニケーションには発展していないと思います。会社としても、過去10年を振り返ってみても株価は右肩上がりになっているので、「いいでしょう?」というところがあったのかもしれません。とはいえ、将来的に制度設計を変える可能性は十分にあると思います。
小澤:ありがとうございます。最後に、米国テック企業のように「成長業界で働く魅力」を聞かせていただけますか。
中里:キャリア構築の視点だと、成長業界に身を置くことで無限にオポチュニティが広がっていきます。職種や会社をまたぐキャリアチェンジも頻繁におきます。「こんなノリでいいの?」というカジュアルな雰囲気で、どんどん話が広がっていく。
Metaにおいても、入社してからしばらくは20人ほどのエンジニアのロードマップを見ていましたが、今や100人以上の規模になっています。すごい成長率ですよね。そうすると、自分ができる範囲も加速度的に広がります。もちろん大変なところもありますが、その分やりがいも大きい。そして、貢献できた分、RSUというかたちで報酬を得ることもできる。そうやって経済面に反映されるところも、成長業界のいいところですね。
