※ 10Xでは23年6月現在、税制面での取り扱いを踏まえ、信託型から別形式のストックオプション制度への振替を予定しています。
信託型ストックオプション。行使価格を低い設定のままプールでき、評価制度と連動させ実際の活躍に応じて社員に渡せるなどのメリットで、ここ数年スタートアップで活用事例が増えている新しいストックオプションです。
この信託型ストックオプションを実際に導入しているのが現在急成長中の株式会社10X。小売チェーン向けECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」を展開しています。代表取締役CEOの矢本真丈さんと、取締役CFOの山田聡さんに10X社の信託型ストックオプションの思想について聞きました。聞き手はNstock社 CEOの宮田です。
矢本 真丈
株式会社10X 代表取締役CEO
2児の父。丸紅、NPO勤務、ECスタートアップ、メルカリを経て現職。育休中に家族の食事を創り続けた原体験から、食の課題を解決するプロダクト「タベリー(2020年クローズ)」を創り、石川と10Xを創業。
山田 聡
株式会社10X 取締役CFO
三菱商事株式会社でロシア・カザフスタン向けの自動車販売事業・現地販売会社のM&A及びPMIを経験。その後、米系PEファンドであるCarlyle Groupに参画し、おやつカンパニーやオリオンビールの投資・PMIを実行。Wharton MBA(2017年)。
宮田 昇始
Nstock株式会社 代表取締役CEO
2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年にはシリーズDラウンドで海外投資家などから156億円を調達、ユニコーン企業の仲間入りを果たす。2022年1月にSmartHRの代表取締役CEOを退任し、取締役ファウンダーに就任。同月、Nstock株式会社(SmartHR 100%子会社)を設立。
福利厚生を充実させるのは人生のダウンサイドリスクを軽減するため
宮田:そもそも10Xさんの企業情報を見ていると、福利厚生が非常に充実していますよね。例えば、産前産後のサポートとして最大70万円支給や、育児のサポートとして認可外保育園利用の際に認可保育園との差額をサポートされるなど手厚い印象があります。この設計にした思想や背景をお伺いしたいです。
矢本:福利厚生に対しては僕も強い想いがあります。根底は「働きたい」と強く思っているのに何らかの理由で叶わない「ダウンサイドリスク(想定外のことが起きた際のリスク)」をサポートしたいという思想です。
例えば、育休を取得する期間は、国から給与の3分の2に当たる額の支給を受けられます。この金額自体は十分な補助だと思います。他方で、自分が会社員時代に育休を取ったときに実際に困ったのはキャッシュフローの問題です。申請をして育休の給付を受けられるまで2か月ほどの期間がかかったりします。出産直後のなにかと出費が多く、給付金が振り込まれるまでの間の世帯の不安をフォローできるように最大70万円の支給を会社から支給としています。出産や育児周りは自分たちや、ネットスーパーをご利用いただくエンドユーザーが当事者であることも多いです。
宮田:キャッシュフロー問題、わかります。非常にいい制度ですよね。一方、お子さんがいらっしゃらない社員さんとのバランスはどう考えられているのですか?SmartHR社でも「子どもを持つ方への制度を手厚くすると、お子さんが居ない方や、今後も子どもをつくらないと決めた方への不公平が大きくなるのでは?」という議論をしたことがあります。その辺りはどう説明されているのでしょうか?
矢本:こちらも一貫して「ダウンサイドリスクを無くす」という説明をしています。出産や育児のみでなくご家族の介護やご自身の体調不良など、人生にはいろいろな「働きたいけど働けない」という状態になる不確実なリスクがあります。そういうケースにおいての心理的な不安や実際の金銭的な不安をフォローしたいという思想で設計しており、何か比較をして欲しいわけではないと伝えています。他にも介護のサポートや病気や体調不安のサポートもあります。今後も顕在化したダウンサイドリスクがあれば会社としても対処したいと思っています。反対に「リファラル採用で1人紹介したらいくら」といったアップサイドの福利厚生は逆の発想なのでほとんど提示していません。
宮田:なるほど。「どんな理由であれ、ダウンサイドリスクを無くすサポートをする」という点で一貫している訳ですね。
当初は生株を渡すケースも!? シリーズAの資金調達後に信託ストックオプションへ
宮田:10X社のストックオプションの概要についてお話頂けますでしょうか?
矢本:信託型ストックオプションを発行したのは2020年4月です。祖業である献立推薦アプリ「タベリー」からStailerへピボットする際に実施したシリーズAの資金調達が終わり、開発不要でネットスーパーを立ち上げ可能なプロダクト「Stailer」をローンチするタイミングでした。社内的にはちょうど12人目の社員が入社した頃です。実はそれまでは“生株”を配っていました。
*「生株」とは「実際に株式を保有すること」。「将来的に株式を購入する権利」であるストックオプションと区別するための言い方
山田:信託型ストックオプションはそこから4年間、2024年の3月までポイントを配布する状態で制度は設計しています。
宮田:最初は生株を配っていたんですね。詳しく聞いてもいいですか? 何人の方にどんな形で買ってもらったのでしょうか? それともプレゼント(贈与)ですか?
矢本:本当に初期の7名くらいまでは創業者から株式を贈与しています。そこから数名は贈与と譲渡を組み合わせていました。創業当初だったので株価のバリエーションも低く、税理士と確認の上、贈与税も発生しない形で贈与ができました。
ただ、株主総会の手続きが大変だったり、評価額によって税金が発生したり、贈与・譲渡で株を渡す際には10X社を辞めた際には返却するという共同創業契約を結んだり、一定の運用コストがかかっています。共同創業契約は、株を持ったまま競合企業に転職するといったリスクを排除するためです。これらの管理コストがかかってきたので、社員12人のタイミングで信託型ストックオプションに切り替えました。
宮田:ストックオプションを渡すタイミングには各社違いがあるように思います。前のラウンドでの評価額を参照できるよう、資金調達前に発行するのが一般的なようにも思いますが、シリーズA以降の資金調達が終わったタイミングで発行した理由はなぜなのでしょうか?
山田:少しテクニカルな話ですが……。資金調達の前に発行する理由はバリュエーションが上がる前に押さえたいという理由だと思います。10Xの場合、その直前にあったラウンドは転換社債(CB)で発行したんです。ですから、株価が付かないラウンドで影響がなかったのが大きいです。調査をやりきって落ち着いてから、ストックオプションの発行業務を進めた形です。信託型なので創業者の振込も発生しますし、設計の手数料もそれなりにかかるので。
宮田:なるほど。それは賢いやり方ですね。そもそもの質問ですが、なぜ信託型ストックオプションの制度にしたのでしょうか?
山田:僕自身、前職のPEファンド時代にストックオプションを発行した経験は多くあります。そもそも、有償ストックオプションや無償ストックオプションは発行にかかる実務コストが高いんです。加えて、退職した方からまた買い戻さなきゃいけなかったり、新しく発行し直さなきゃいけないために自由度が低い。
その意味では信託型ストックオプションは比較的自由度高く設計が出来たり、入社後の活躍に応じて配布比率を変えられます。実務コストもワンタイムで固定ができます。2020年当時は過去税務的にグレーとみなされるケースがあった、という評判も聞いたのですが、それも士業の先生の見解を聞き、信託税制の論点をクリアにしたのと、監査法人の選定の段階で適切にコミュニケーションを行えば大丈夫と思えました。結果として実質「リスクがない」と判断できたので導入に踏み切りました。
信託型ストックオプション導入の論点とは?
宮田:信託型ストックオプションを選ぶ際に議論した点やネックになりそうな部分はありますか?
矢本:そもそも生株を配っていた頃も信託型ストックオプションを選んだ理由もそうですが、早期にコミットした社員が取ってくれたリスク対して、キャッシュではない形のインセンティブで応じたかった。初期は等級制度や評価制度もなかったのですが、人事評価制度の導入と信託ストックオプションの導入を同時に行いました。そこで評価とそれに応じて配られるインセンティブを一致するように設計したかったんです。
また、今の評価制度でずっと運用するかもわからないので、「柔軟性が必要」という話になったのですが……。その点は信託型ストックオプションのポイント配布のルールを適切なタイミングで調整すればOKという話になったんです。
宮田:社員12人の時点で評価制度を導入するのはかなり早いですよね? SmartHR社も評価制度を導入をしたのは社員17人を超えたくらいでしたが、人事コンサルのプロや、周囲のスタートアップ経営者に「異常に早いですね」と当時は言われました。
矢本:どうでしょう? 僕は逆に遅いって思ったくらいです。人によって感覚は違うかも知れませんね。チームを機能させる上では、会社が達成したいミッションと組織の設計、皆の向く方向を一致させることが不可欠だと考えています。Aさんの動きとBさんの動きは違うけれど、1つの軸を通じてちゃんとフィードバックを渡すには組織設計や人事設計が必要で、チームを機能させるためのソフトウェアとして等級制度や評価制度が必要という考え方です。
宮田:理解できました。山田さんにお聞きしたいのですが、PEファンド時代にストックオプションを発行してて、使いづらかった点などはどの点だったのでしょうか?
山田:通常のストックオプションはやはり1回あたりの発行に対して、純粋に発行業務に時間がかかるし、オプションの価値算定なども必要になるので、コストもかかるんです。新しく社員が入ってきたり、幹部社員が入ってきたときには、ある程度ボリュームを貯めてから発行しようという発想になります。出すべきタイミングでタイムリーに出せないのが大きかったです。また、インセンティブとしての柔軟性が下がるのも大きかったですね。数だけでなく、出したタイミングの株価次第で行使価格などの条件が変わってきてしまうので。横比較がしづらくて、説明するときのコミュニケーションコストが高かったのを覚えています。
宮田:なるほど。ちなみに10X社では社員の方々にはどのように説明をしたのでしょうか?
矢本:毎週水曜日の昼から全社会を行っているのでそこで説明しました。「なぜ信託型なのか」「なぜこのルールで配るのか」といったWHYを多くした記憶があります。質問は……あまり出なかったですね。リターンに関しては、山田さんが事業規模や時価総額、売却時の株価を入れるとシミュレーションができるシートを作っているのでそれを使って説明しています。
山田:とにかくストックオプションは発行すること以上に、その価値を正しく社員の皆さんに理解して頂くことが一番効果的なので、説明の機会は導入時だけでなく、その後も定期的に作るようにしています。ちなみにそのシミュレーションシートは、当時宮田さんから教えていただいたものをそのまま使っていましたよ。今でもオファー面談でも強力なツールになっています(笑)。あとは人事評価に基づいてポイント配布が決まっているので、それを淡々と個別に通知していますね。
企業価値の向上に貢献してくれた方にこそ報いたい
宮田:ちなみにストックオプションの価値について社員のどれくらいの方がちゃんと把握してくれていると思いますか?
矢本:前職などで、一度付与された経験がある方は吸収率が高いですね。「行使するときは住民税にインパクトがありますよね?」といったコメントを頂いたりもします。反対に初めての方は、株式報酬という概念がピンときていない方もいらっしゃるように思います。
宮田:10X社のストックオプションは持ったまま退職できる制度にしているという話をどこかで見たのですが、それは本当でしょうか?
矢本:はい、事業成長が軌道に乗ってきたので2022年に入ったタイミングで、退職したとしても一部のストックオプションは保持し続けられる設計に変更しています。10X社のストックオプションはダウンサイドリスクをカットする部分が一部あると思っています。たとえば年収レンジが高い会社から転職されてきた方は、前職にステイしていたらもっと年収が上がっていた可能性もある。それを補填するものと捉えていただくことも可能になったと思います。
株式上場までは長いスパンで見ていますから。すぐに上場を目指すというよりも、会社としてより大きくなれる機会を取りに行くもの。上場は会社が大きくなっていくための手段の一つですので、そのタイミングは完全に会社の事情です。
一方で、上場前に退職されるか否かは完全に個人の事情なので切り離した方がいい。家庭の事情など止むを得ず離れる方がいてもそれは自然なことです。その期間の企業価値向上に貢献してくれた方には適切に報いる形にすべきだと思います。
最終的に付与されるストックオプションは保有しているポイントを分母で割る形です。その分母は全員が持っているポイントの総計。ポイントは在籍期間と社内等級の2軸で決まるようになっているので、長く在籍している方は分子が大きくなる。取ったリスクに応じる形になっています。もちろんまだまだ付与する期間は残っているので、これから入社いただく方にとっても十分インセンティブとして感じていただけるものだとも感じでいます。
宮田:長い期間を携わってくれた方ほどたくさん手元に残るという設計は素晴らしいですね。福利厚生の思想や、生株の話も非常に参考になりました。今日はありがとうございました!
10X社の採用情報
今回のインタビューに応じてくださった10Xさんの採用情報はこちら
- コーポレートサイト https://10x.co.jp/company/
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株式会社10X - Culture Deck
(企画:宮田 昇始 / 取材・文:上野 智 / 撮影:岡戸 雅樹)