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ANRIが自社の投資指針「Investment Policy」を公開したワケ

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ANRIが自社の投資指針「Investment Policy」を公開したワケ

VCのANRI株式会社は、2023年4月12日、スタートアップへの投資に関する指針をまとめた「ANRI Investment Policy」を発表しました。本記事では、指針を発表した背景や、投資先が入居している新インキュベーションオフィス「CIRCLE by ANRI」について、ANRIのキャピタリストである中路さんにお話を伺いました。

中路 隼輔
ANRI株式会社 Principal
1991年生まれ、香川県出身。ベンチャーキャピタルANRIでシードラウンドを中心に投資活動に従事。不確実性が一番高いラウンドで、大きな変化を将来もたらせる企業への投資を挑戦中。担当投資先はLuup,dinii,ambr,Plott,UPSIDERなど数十社を担当。


宮田 昇始
Nstock株式会社 代表取締役CEO
2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年にはシリーズDラウンドで海外投資家などから156億円を調達、ユニコーン企業の仲間入りを果たす。2022年1月にSmartHRの代表取締役CEOを退任し、取締役ファウンダーに就任。同月、Nstock株式会社(SmartHR 100%子会社)を設立。

新卒採用を始める一方、シード投資も積極的に継続するANRI

宮田:まず、ANRIさんの今の状況について教えて下さい。SNSで流れてくる近況を見てると、けっこう大きくなってますよね?

中路:そうですね。5年前の時点では私で3人目の入社でしたが、現在は新卒を入れて全体で20名程度の規模です。賛否両論ある中でポジショントークとなってしまいますが、VCは意外に新卒と相性が良いのではないかと感じています。特に、シード期から投資支援するとなると時間軸が長いですし、未来は若い人が作っていくというのが、私たちが大切にしている価値観でもあります。

宮田:新卒採用やってるんですね! 僕が大学生のときに「ベンチャーキャピタル」の存在すら知らなかった気がします。応募はどういう方が多いんですか? 

中路:今年は、Ph.D.を持っていて研究室へアプローチし、大学発の研究開発に投資するような業務を担当する新卒が2名入社します。どちらかというと、そういったディープテックの領域で「研究者をもっと輝かせたい」とか、「日本の研究はこんなに優れているのに、アメリカに比べて事業化できていないから、なんとかしたい」といった思いを持っている人が、新卒で来ているように思います。

宮田:なるほど、それは新卒採用と相性が良さそうですね。ファンドはいま何号まであるんですか?

中路:現在運用しているANRI5号ファンドは、400億円規模となります。特徴としては、ファンドサイズが大きくなってもシード期へのスタートアップ企業への投資を貫いていることでしょうか。これはANRI1号ファンド設立当初から、変わらない点です。

やはり、将来性がわからないものや不確実性に対して楽しめなくなると、固い投資になってしまいます。ANRIはシリアルの方への積極的な投資も一つの特徴ですが、その場合金額が大きくなるので、世間的にはアーリーから入るのだと思われるかもしれません。ですが実際は、数千万円規模のシード投資がほとんどです。

Investment Policyで投資哲学を共有し、差別化要素に

宮田:4月12日にリリースした「ANRI Investiment Policy」について、公開した背景について教えてください。

中路:ANRIがどのような哲学で投資しているのかについて公開し、差別化要素にしていきたいと考えています。それが「ANRI Investment Policy」です。

宮田:ここ数年でお金の出し手であるVCさんは増えましたよね。どんどんコモディティ化が進んでいくと、スタートアップ側から見たVCは、(誤解を恐れずに言うと)どこも同じ“お金”に見えてしまうような気がします。

だからこそ、そのなかでどんなVCさんに投資してもらいたいか、という話になると思っています。そんなとき、ANRIさんのInvestment Policyのお話を聞いて、これは差別化要因になりそうだなと思いました。例えば、「買取請求権を削除する」と明記している点です。

中路:買取請求権はほぼデフォルトで入っている条件だと思います。基本的には削除しようという世の中の流れもありますし、今までも削除してきた経緯もありますので、最初から削除して良いかなと。このPolicy自体、私が起業家との会話から思いついたものなんです。会話のなかでは削除を前提としているのに、それをあえて言わないのは情報格差になってしまうと感じました。

ストックオプションは20%まで許容

宮田:ちなみに、ストックオプション(SO)についても「20%まで許容する」を徹底されていますよね。

中路:はい。もちろん賛否両論あるとは思いますし、すべての会社が20%にすべきとは思いません。

でも私たちは、新しい産業を一から立ち上げたり、既存の構造を一変するような大きなインパクトのある企業、そしてその結果としての時価総額の大きな企業を作りたいんです。そういう志のある起業家に事業投資しようとするとき、一番重要な変数はやはり人材じゃないですか。優秀な人材の採用は事業成長には欠かせません。

もちろん、SOがあるから必ず成功するわけではないですが、SOをきっかけに従業員がオーナーシップを持ち、より企業が大きく成長できればと思います。もちろんVCとして、全体のパイが大きくなればリターンも大きく出ます。

宮田:シニフィアン共同代表の小林賢治さんが、よく「創業者が株を持ちすぎているから、従業員へ配った方がいい」と言っていますよね。これについては、どう思われますか?

中路:従業員の方々に、もっと配るべきだとは思っています。しかし、それをVCとして推すのではなく、最終的には起業家の意見や思想を尊重したいというスタンスです。

例えば、投資先のマチルダというスタートアップは、ユーザベース時代のSOで得た資金で起業しています。アメリカでは当たり前なのですが、リターンを元手に起業する例を日本でももっと増やしたいと思っています。

調達スキームを明言する理由

宮田:あと、「J-KISSを使いますよ」と明言されていますが、最近J-KISSを利用した投資がすごく増えていますよね?

中路:投資を受けた金額は世の中に公表されますが、調達スキームはあまり公表されません。J-KISSや普通株、みなし優先、あるいは優先株……さまざまな調達手段があるなかで、現在私たちはJ-KISSを使っています。説明コストの面から見ると、このことは明言した方が良いと思っています。

宮田:僕も、SmartHRがシードの頃は資金調達の方法がまったくわかっていませんでした。エンジェル投資家の方に、VCさんから提示された投資契約書を見てもらいながら「この条項ってどれくらい厳しいんですか?」って聞いていましたね。J-KISSの利用が明言されているのは、起業家フレンドリーに感じます。 

その他、今後Policyに加えていきたい要素はありますか?

中路:例えば、べスティング(段階的な権利確定)についても、起業家がそうしたいのであれば日本ではスタンダードな「IPO起算」ではなく「入社日起算」でもいいと考えます。この点は否定的な意見を持つ方がいる理由もわかりますが、起業家がリスクも理解して意思決定するのであれば、ANRIは許容する方向です。「社外取締役についても席に座ることをこだわらず、指名権利を利用し、適切な方がいれば代理指名する」といったことも、今後は加えたいと個人的に考えています。「どんな思想のVCか」は最終的な本質だと思うので、それに関する哲学のような部分は加えていきたいですね。

Policyは投資先とVCの関係性を明瞭にする

宮田:一般的に、スタートアップとVCさんとは「同じ船に乗った仲間」と表現されることはありますが、ビジネス上どうしても利害の一致していない部分がありますよね。個人的には8割は利害が一致していて、仕組み上どうしても2割程度は一致させられないと思っています。

私たちも経営するなかで、「この話題はVCさんには相談しづらいよな〜」と思うテーマもあります。特に、シード期はVCが一番の相談相手になるので、そのときに重要なテーマで腹を割って話せないともどかしいですよね。

中路:VCはお金を出す存在ですし、怖かったり弱みを見せづらかったりすることがあると思います。でも、それではお互いに潰れてしまいますから、話しづらい存在にはならないようにしたいし、弱みも出してほしいですね。

宮田:SmartHRの株主でもあるシニフィアン小林さんが、よく「悪いニュースを早く共有してほしい」と言っています。その影響もあってか、SmartHR社の取締役会には“Bad News First”というカルチャーがあり、僕たちが早くアラートをあげると社外取締役やオブザーバーから褒められるんです。

この文化は、株主であるVCさんから見ても恐らく安心に繋がると思いますし、このBad News Firstを受け入れることを明言し、実際に早めのアラートを褒めてくれたら、スタートアップは相談しやすくなるかもしれませんね。

中路:「悪いニュースを早く共有する」というのは、「ANRI Way」というANRIの行動指針の中でも発表し社内文化としては根付いているのですが、もっと投資先にもANRIの考えを伝えていく必要がありますね。

私がVCに入った6年前から比べると、競争環境は大きく変わりました。今は、起業家がVCを選ぶ時代。そうなると、Bad News Firstのような指針を適切に伝えることは大切かもしれません。

宮田:起業家間でVCさんのリファレンスをとるとき、結局のところ「キャピタリスト次第だ」という結論になってしまいがちですよね。同じVCなのに、担当者によって対応や指針が全然違うことが要因に感じます。だから、VCにPolicyがあるというのは、スタートアップが投資家を選ぶ際に、大きな安心材料だと感じました。

他社VCは競合であり、協業関係でもある

宮田:冒頭で、ここ数年でVCさんが増えたという話をしましたが、VC間での競争が激しくなってきている感覚はありますか?

中路:VCはプレーヤーが増えていますし、競争環境は激しくなってきていると感じます。以前は、VC側が優位になりやすかったのですが、最近はスタートアップの取り合いになってきました。私も以前は2号や3号ファンドのシード投資時には単独出資が多かったのですが、4・5号ファンドからは共同投資も増えています。

そのため、VC同士の協業という意味合いも強まっている感覚がありますね。集める金額が増えたので、VC1社で不確実性のリスクを背負いきれない。そうなると、VC1社のみでは集めづらいから、共同投資が多くなってきている印象がありますね。個人的には、「プレシリーズA」のような中途半端なラウンドを減らしたいと考えています。

数千万投資してほしい、というタイミングで相談にこられてもVCとしては判断が難しいケースもあるんですよね。だったらダイリューションしてもいいから多めに調達しておきなよと思っていて。「PMFまでどういう資本政策で走りきって、次はどのマイルストーンを達成するのか」というところをディスカッションできるのは、VCが価値を発揮できる点として大きいところだと思ってます。

「オーバーハング懸念」についてのスタンス

宮田:最近スタートアップ側がVCに対して、IPO時の保有株の売却を頼むケースが多いですよね。

VCの株には満期があり、いつか必ず売られます。「オーバーハング懸念」と呼ばれているのですが、IPO時にVCの保有比率が多い状態だと、大量に売却された際に株価への影響が大きいので、上場投資家が嫌がる傾向があると聞いています。

IPO時の売却に応じるスタンスを、Policyに明記すると強い差別化になるように思いますが、どう思われますか?

中路:上場後のマーケット変動リスクは負いたくないので、できるだけ早く売りたいというのはあります。VCは未上場マーケットでスタートアップを目利きするプロですが、上場マーケットでの株の売買のプロではないですからね。基本的に売る姿勢は強いですから、たしかに明言した方が良いかもしれません。

そういう点では、スタートアップ各社のSOの発行上限比率が増えると、SOにもオーバーハング懸念が出てきそうですよね。そういう部分は、Nstock社がコンサルに入ったら良いのではないでしょうか?

宮田:そうですね。IPO後、社員のSOのロックアップが明けるタイミングで値崩れすることも少なくありません。売り方をサポートするような機能をSaaSに追加したいですね。機能だけではなく、リテラシーの底上げができるように、勉強会や資料・動画の配付など、いろんなサポートができそうです。

起業家同士が切磋琢磨する新オフィス

宮田:今回、ANRI社の新オフィスで取材させてもらっているのですが、六本木ヒルズという好立地で、スペースも広くて、景色もすごいですね! オフィスを一新した背景を教えていただけますか?

中路:起業家同士のコミュニケーションや仲間意識、あるいはライバル意識などを健全に生み出すためには、やはりオンラインだと限界があると思います。ですから、物理的なオフィスがあり、オフラインで毎日顔を合わせることが大切ではないでしょうか。

私たちにとってもっとも懸念しているのは、起業家のメンタルが折れること。起業家の同期がいると自然とお互いにラーニングして支え合ってくれるので、メンタルが折れそうになっても回避できると思うんです。また、近くで試行錯誤している様子を見られると、私たちも追加投資を検討しやすいですね。

宮田:オフィスについてコンセプトはありますか?

中路:投資先が使ってくれるオフィスにしたいというのは、1つのコンセプトです。例えば1日オフサイトミーティングなど場所を取るのはお金がかかるので、オフィスを活用してもらえたら良いなと。また、コミュニケーションエリアを広く設けています。自然と会話が生まれ、コミュニケーションが活性化する場所として作りました。

ただし、コミュニティとしてその場にいる価値が大切だと思っているので、週3日以上の出社を必須要件にしています。

宮田:実際に入居しているスタートアップからの反応はどうですか?

中路:同期がいて、カフェもあって、楽しくて集中できるということで、反応は悪くありません。

また、「こんないいところに入居しているのだから早く成長しなきゃ」という、良いプレッシャーにもなっているようです。ただし、入居期間は1年限定。そのなかで、頑張ってチームを大きくしてほしいというメッセージを伝えています。

宮田:オフィス内の本格的なカフェが特に印象的ですが、なぜカフェを設けたのでしょうか?

中路:以前入居していたビルの1階に、カフェがあったんです。そこに起業家が集まり、コーヒーを飲みながらコミュニケーションが生まれているのを見て、こういう場所を新オフィスにもつくろうと思いました。

ネガティブな反応があっても、チャレンジをし続ける組織でありたい

宮田:今回のような発信をすると、VC界隈からネガティブな反応もあるのではないですか?

中路:まず、私たちは新しくてチャレンジングなことをやっている自覚はありますし、時代の流れにも沿っていると思います。

ですし、ネガティブな反応がもしなかったとしたら、それは“普通のこと”なんだと思います。私たちは“普通”になってしまうと、ただのコモディティ化したお金になってしまう危機感があります。だから、むしろネガティブな反応はあって当然ではないでしょうか。

個人としては凹むこともありますが、VC人格と個人の人格とは離すようにしています。果敢にチャレンジする精神を失うと、いわゆる普通の金融機関になってしまうので、自分としては挑戦し続ける組織でありたいですね。

(撮影:岡戸 雅樹)

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