「なんでもやってるDMM」のテレビCMでおなじみのDMMグループ。キャッチコピーの通り、動画配信、FX、英会話、ゲーム、オンラインクリニックなど60以上のサービスを展開している非上場企業の同グループが、持株会の導入を発表したことで話題になりました。本記事ではその詳しい経緯や導入に込めた想いについて、亀山会長にお話を伺いました。持株会導入のきっかけは「終活」だという亀山会長。その真意に迫ります。
亀山 敬司(かめやま・けいし)DMM.com 会長兼CEO
1961年石川県生まれ。19歳でアクセサリー販売の露天商から起業家人生をスタート。1985年にレンタルビデオ店を開業。 1999年にDMM.comを設立。現在は、DMMグループの会長として、動画配信、アニメ製作、オンラインゲーム、英会話、FX、株、太陽光発電、3Dプリンタ、消防車、救急車の製造、ベルギーでサッカーチームの運営など、60以上の事業を展開している。
宮田 昇始(みやた・しょうじ)Nstock 代表取締役CEO
2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年にはシリーズDラウンドで海外投資家などから156億円を調達、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。2022年1月にSmartHRの代表取締役CEOを退任、以降は取締役ファウンダーとして新規事業を担当する。2022年1月にNstock株式会社(SmartHR 100%子会社)を設立。株式報酬のポテンシャルを引き出すメディア「Stock Journal」を運営している。
野瀬 梓紗(のせ・あずさ)Nstock ドメインエキスパート
大阪市出身。高校卒業後アメリカに渡り、UCLAで経済学を専攻。経営・国際税務コンサルを経て、2016年に株式会社メルカリに入社。IPO準備や日米英のストック・オプション(SO)の設計・運用を担当。上場後はRSU及び1円SOの導入のほか、株主総会の事務局長など。2022年にNstockにジョインし、SaaSプロダクト開発のほか、KIQSの設計等に従事している。
DMMは実力評価の会社。でも、創業時から支えてくれている歴の長い社員に報いたかった。

宮田 昇始(以下、宮田):今日をとても楽しみにしていました!どうぞよろしくお願いします。まずは今回、持株会を導入しようと思われたきっかけを聞かせていただけますか?
亀山会長(以下、亀山):創業から30年以上が経って、定年を迎える社員もちらほら出てきてね。創業間もない頃から在籍してくれているような、歴が長い社員もいるんだよ。そういう社員に対して「せっかく最初から会社を支えてくれていたんだから、何かしらの形で還元できないかなぁ」って考えはじめたのがきっかけだね。
実は昔から何度かやろうとしたことはあったんだけど、社員にはなかなか理解してもらえなくて。「株よりも現金くれ」って(笑)。でも最近は会社も大きくなって社員の生活も安定してきたし、時代も変わってきているじゃない。だから前よりは、意味をちゃんとわかってもらえるかなって。
宮田:すごくわかります。僕もSmartHR社で社員にストックオプション(以下、SO)を付与する中で、価値を伝えるのって難しいなと感じた経験があります。
亀山:SOもそうかもね。でもさ、昔のビデオレンタル時代に比べたら社員の金融リテラシーはずいぶんと上がってきたよ。当時は資産運用とか誰も知らなかったからね。それが最近は「株とは何か?」みたいなことがわかってきた。社会全体としても、そうかもしれないね。
宮田:そうですね。ちなみに歴が長い社員の皆さまへの報酬として「持株会」を選んだ理由はどうしてなんですか?

亀山:ウチは実力評価だからさ、歴が長いからといって給料は上げにくいわけよ。でもなにかしてあげたいじゃない、 長いこと頑張ってくれてるんだからさ。そう考えると持株会がいいんじゃないか、ってなったの。
もともとは、お金がそんなになかったのよ(笑)。どっちかといえば足りなかったかな。昔から黒字ではあったんだけど、利益を残さないように9割は投資に使っちゃってたから。だから当時は「会社の利益の数%を渡す」みたいな報酬制度もやってたかな。
だけど最近、特にこの10年は純資産が残るようになってきてね。仮に利益が500億あったら200億は事業投資に使うけど、それでも300億が残るみたいな。不本意ながら、使い切れなくなっちゃったんだ。だから社員に還元したいと思ったんだよね。
宮田:よかったらここで、読者の皆さまに向けて改めて持株会の詳細を伺ってもよいでしょうか。
亀山:まず、ウチは非上場だから株価がないんだ。だから代わりに、DMMグループの全体の純資産を株の発行数で割って株価を決める。それをみんなに持ってもらう。仮に純資産が10%増えたら、株価も10%上がるという感じ。資産の評価は年に1回決算のタイミングですることにしてる。あとは、一般的な株のような配当や議決権はなくて、買う買わないも、売るタイミングも自由。でも、退職するときは必ず売ってもらう仕組みにしているよ。
野瀬 梓紗(以下、野瀬):とてもわかりやすい仕組みですね。社員の皆さんはどのように持株会を通じて株を買って、それを売ることができるんですか?

亀山:毎月口座からの引き落としで、積み立てていけるようにしてる。所有している株式の売却は、月次単位でいつでも可能。頻繁な売買ができるわけではないので、特定の役職や部署の人が売買で有利にはならない仕組みになっているね。
野瀬:この制度の設計には亀山さんも積極的に意見されたのでしょうか?また、今後アップデートは検討されていますか?
亀山:いや、言い出しっぺだけど、具体的な設計にはあんまり参加してないね。やってみなきゃ始まらないから、細かい部分を考えるよりもまずはやってみようって感じかな。今は毎月給与の10%まで持株会に拠出できるけど、社員のみんなから「もっと買いたい」という声があがれば額を増やすかもしれないし、逆も然り。
ただ、赤字の新規事業部が(株価のベースとなる)純資産を圧縮するからという理由で、稼いでる事業部の社員からディスられるとか、そういうことが仮に起きてしまったら、持株会を続けるかどうか考えちゃうよね(笑)。まあ、今考えられる懸念としてはそんなもんかな。
スタートアップのSOには夢がある。でも、手堅いのはうちの持株会かもしれない。

宮田:持株会にはどれくらいの割合の社員の方々に入ってほしい、と考えておられますか?
亀山:そりゃ、100%入ってほしいね(笑)。でももちろん人それぞれだし、みんな生活もあるから。給与の10%も投資できない人だっているからね。借金までしてやることではないよ。あくまで社員の資産形成の1つの選択肢になればと思ってる。
宮田:実際に社員の皆さんからはどんなリアクションがありましたか?
亀山:う〜ん、そうだね。「役職が上になればなるほど持株会に拠出できる額を増やせないか?」っていう声はあったかな。収入が多い社員としては、もちろんそういう気持ちになるよね。でもそこは役職ではなく、社歴が長い社員ほど多く買える設計にしてる。
この持株会の意義は、“過去から今にかけて、しっかり貢献してくれている社員”に報酬を渡す、ってところにあるのよ。だから「退職時には売却する」っていうルールを置いているのも、辞めた社員が退職後の株価上昇の恩恵を受けられるのは意義とズレちゃうからなんだよね。
宮田:買えるだけ買いたい人もいそうですよね(笑)。ちなみにSOの場合だと、すぐれた人材を採用するために活用することも多いのですが、今回の持株会制度は採用にも活きそうですか?
亀山:もしかしたらDMMのような非上場会社の報酬には、夢がないって思われているかもしれないよね。上場を目指す会社だとSOにはたしかに夢がある。でも、上場しなかったらただの紙くずだし、上場したとしても株価が下がって、結局行使できずに終わっちゃうリスクがあるのも事実だよね。
一方、ウチみたいな持株会だと、会社が黒字であり続けるかぎり株価は落ちない。何より外部要因による株価変動もない。毎年安定的にちょっとずつ増えていくことがわかるわけよ。じゃあどっちの株がいいか? っていう話だよね。夢はなくとも、手堅いのはこっちかもしれない。それを選んでくれる人は、いるんじゃないかなって思ってる。
「投資をするフェーズの事業」と「利益をだすフェーズの事業」でつくるエコシステム

宮田:さきほども少しお話に出ましたが、純資産によって株価が変動する仕組みだと、社員の皆さんはどうしてもその純資産の数値を追いがちになり、新規事業に消極的になる可能性もありそうですが、いかがですか?
亀山:それは起きづらいと考えているかな。DMMでは「短期的な利益を求めるな」って、ずっと言ってきてるから。目先の決算とか業績で人を評価しないしね。あと、そもそもDMMにはグループがいくつもあって、「投資をするフェーズの事業」と「利益を生むフェーズの事業」に分かれてるんだよね。前者は「成長性があるかないか」が軸になっていて、成長過程だからこそ投資が必要になる。すぐに利益なんか出ないわけよ。それなのに、目先の利益で評価されると悲しくなっちゃうよね(笑)。
一方で、後者のような部署もあるわけよ。もう利益をしっかり出すことができる安定的な状態の事業ね。でも、だからといってこっちばっかり評価するのも違うじゃない。だから、各事業を評価するにふさわしい指標、たとえば会員数とかね。そういった成果でも見るようにしているから、仮に純資産を追い求めようとする動きをしていたら、評価されない仕組みになってるね。
宮田:なるほど。そうしてDMMでは「新しい挑戦」と「安定的な利益」を両立することができているんですね。
亀山:そうだね。ちょっと話を広げるけど、ゆるやかに衰退しているけど利益は出している、みたいな企業って世の中にたくさんあるじゃない? 現状、雇用は守っているけど、今の若い世代が歳を重ねた先にはどうなっているかわからない、みたいなさ。日本にはそんな会社も多いんだよ。それが悪いってことじゃないんだけど、もっと循環させたいって思うよね。要はさ、継続できるエコシステムが大事なのよ。
だからDMMでは「一定の利益があるうちに次の事業に投資する」をずっとやっている。さっきも言ったけど、利益をしっかり出す事業と、投資をしばらくする事業を分けるんだ。そうすれば、WEB3みたいな新しい分野に投資をして、若いメンバーにチャレンジする機会を与えつつ、年齢を重ねて辞めていくようなメンバーにしっかり退職金を渡すこともできる。どっちも大事にできるよね。
だから経営者は「利益を生む組織」を作りつづけること、が大事なんだと思う。つまり、年寄りが稼いだお金を若いチームに渡して「老後を支えてくれよ〜」みたいな感じかな(笑)。
野瀬:もうそれって、社会そのものですね(笑)。
亀山:そうだね、会社が大きくなれば社会かもしれない。
宮田:そうした経営をする中で、世代間の対立を生まないための工夫はありますか?
亀山:組織の中で「イノベーションを起こしたい」って思ってる人がいたとする。でも組織の中のイノベーションに関心がない50~60代の人とかに、いきなり「WEB3だ! AIだ!」って言っても難しいのよ。だから、そういう場合は無理に既存の会社でイノベーションを起こそうとしない。それよりも、若いメンバーでまったく別の組織をつくるほうが上手くいくことが多いかな。
一方で、古い組織の方はゆるやかに衰退していくかもしれない。でも、それはそれで良しとするの。さっきの話だけど、そこが生んでくれたお金で、新しい組織をつくればいいのよ。そうしていけばサイクルが回るし、対立を生まずに済む。DMMは、そうやってここまできてるかな。
終活のはじまり。大きくなった資産を社員に、そして社会に。

野瀬:少し話は戻るのですが、今回の持株会制度はどなたの発案だったのでしょうか?
亀山:俺がやりたいって言った。さすがに社員はそこに口を出せないじゃない。こういうのは、大株主が言い出さないと誰も提案できないよね(笑)。
野瀬:たしかにおっしゃる通りですね(笑)。
亀山:あとは、死んだあとのこともね、やっぱり考えるのよ。それは「自分の資産が大きくなりすぎた」ってことなんだよ。もし仮に俺の資産が数億円程度だったとしたら、まあカミさんや子どもに残してもいいやってなるんだけどさ。
でも、桁が変わってくるとそれって「負の遺産」ともいえるわけよ。だってさ、努力なしにそんなに資産があったら、自分の頭で考えられない人間になっちゃう。金目当ての人が寄ってきたり、いろんな事件にも巻き込まれるかもしれない。つまり、相続資産をどう減らすか? を考えているんだ。その1つの実験としての持株会。家族の次はやっぱり社員が大事だからね。
宮田:なるほど・・・そんな背景があったんですね・・・!
亀山:でもさ、まだ残りの何割かをどうしようかって課題は残っていてさ。終活はつづくんだよ(笑)。
宮田:(笑)。持株会以外の施策も考えておられたりするんですか?
亀山:会社が長く続くためには、社員を大事にしなきゃいけない。でも、社外の人も大事にしなきゃいけない。社会から必要と思われることが長生きの秘訣。だから、利益が出たら半分は事業に投資して、残りの半分は社員に配ったり、社会的な活動に使っていくのがいいかなと思ってる。そういう風にバランスがとれると、社会の中で組織が長く続いていくように思うよ。
これまでもずっと「仕組み」をつくってきた。だから、これからもどう仕組みをつくって、いいかたちで組織を残せるかだと思っている。なんとなく続いているだけの、ゾンビ企業にはなりたくないからね。年寄りも若い世代も楽しい、そんな良い仕組みで回る小さな国みたいなものができたらいいかな。そういうモデルケースができれば面白いね。
野瀬:社会的な活動に対するお金の使い方というと、具体的にはどのようなものがあるんですか?
亀山:まだここは試している途中だけど、民間企業にできることはやっぱり教育関連のものが多いかな。最近だと、児童養護施設や少年院や高校などに、キャリア教育プログラムを提供している「HASSYADAI social」とか、世界的に有名な無料のエンジニアスクールの「42 Tokyo」とか、国から補助金をもらわずに自由にやっているよ。
俺は教育だと思ってるけど、自分が死んだあとは次の世代で考えてって感じかな。「カーボンニュートラル」みたいな環境問題かもしれないし、わかんないよね。実際に何をするかはその時代のトレンドにあった投資や貢献ができればいい。
ただ、社会的に価値あるものに投資をしていることを盾にして、利益を出さない企業になるのは良くないね。ちゃんと事業で出た利益で社会にいいこともやる。それがいいと思うよ。
さいごに
宮田:改めて今日はありがとうございました。持株会の内容にとどまらず、会長の事業や組織に対する考え方までお伺いできて、とても勉強になりました。
亀山:俺の終活もまだ道半ばだけどもう少し時間はあるから、いろんな仕組みを考え続けてみるつもり。持株会も今後どう変わるのかわからないけど、「とりあえずやってみようよ! 」っていう感じだね。ただ、少なくとも今回持株会に入った社員には損はさせないよ。俺の葬式で「ありがとう」って喜んでもらいたいからね(笑)。

(制作協力:株式会社Tokyo Edit/撮影:高木 成和)