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結局、信託型SOにどう対応した?スタートアップ各社の対応

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結局、信託型SOにどう対応した?スタートアップ各社の対応

7月7日に国税庁から「ストックオプションに対する課税(Q&A)」が公開されてから、早3ヶ月あまりが経ちました。信託型SOの行使がすでに行われていた上場企業では、会社が従業員への求償権を放棄する(つまり従業員の源泉所得税を負担する)という開示が相次いでいます。

信託型SOの導入企業数は約800社にのぼると言われており(2023/05/26 19:30 日経速報ニュース)、上記のような上場企業のほか、多くの未上場のスタートアップもその対応に追われることになりました。Nstockでは、6月15日に信託型SOに関する解説イベントを実施して以降、これまで数十社のスタートアップの経営者・担当者の方と今後の対応についての議論や壁打ちを行ってきました。

今回は、現時点で入手可能な情報をベースに、スタートアップが信託型SOに講じた対策とその判断材料についてまとめてみたいと思います。この記事は、6月に公開した「【解説】信託型SO問題まとめと、スタートアップがとるべき具体的対策」の続編として読んでいただければと思います。「まさに対応策について検討中」「どうしようか決めかねている…」というスタートアップの一助となれば幸いです。

信託型SO問題に「万能薬」はなし

正確な統計を取ったわけではありませんが、Nstockがお話したスタートアップのうち、7~8割が「信託型SOを破棄して税制適格SOに切り替える予定(またはすでに切り替えた)」という意思決定を行っています。残りは、「検討中」もしくは「信託型SOの一部を残して、あとは税制適格SOに切り替える」というハイブリッド型が主です。ハイブリッド型の中には、税制適格SOだけではなく、有償SOや1円SOを導入するケースもあり、各社の対応は様々です。まさに信託型SO問題に万能薬はなし、という感じです。

では、各社がどのような検討を経て上記の意思決定を行っているのか、見ていきたいと思います。

【論点1】上場までの時間的余裕は?

税制適格SOの行使は、税法上の決まりで付与決議の日後2年を経過した日から15年(または10年)を経過するまでの間に行う必要があります。信託型SOの代わりに税制適格SOを発行した場合、この2年の待ち時間が新たに発生することになります。

上場まで比較的時間の余裕があるアーリー〜ミドルステージの会社は、税率の観点で税制適格SOへの切り替えが圧倒的に有利です。一方、N-2期を切っている会社の場合、(上場まで予定通りのスケジュールで進んだとすると)税制適格SOに切り替えることで従業員がSOを行使できるタイミングが当初よりも後ろ倒しになる可能性があります。所得税率(住民税含む)は、15%~55%の累進課税であるため、従業員の給与水準やSOの規模によっては、税率にそこまで大きな差が出ない場合もあり、行使タイミングを考慮すると、従業員にとってのメリットが大きく変わらないこともありえます。

また、行使時の在籍条件を付ける場合、行使タイミングが後ろ倒しになると「SOが行使できるまで辞められない」という人が増え、「SOの行使待ち」の人が想定外に増えてしまうことで人材の流動性に影響を及ぼすかもしれません。この問題に対し、「退職後の持ち出しが可能」な設計にすることで対応しているケースもあります(※「行使時」に従業員であることは、税制適格SOの要件として求められていません)。

【論点2】付与対象者はだれか?

信託型SOでは、アドバイザーや業務委託のエンジニアといった社外協力者への付与が容易に行えました。税制適格SOは付与者に関する要件があるため、税制適格SOへの切り替えを行う場合、対象にできない人が出てくる可能性があります。現行のルール下でも、社外協力者に税制適格SOを付与できないことはありませんが、人材の要件が厳しかったり、手続きが非常に煩雑だったりして、あまり現実的ではありません。

そのため、全社的に税制適格SOへの切り替えを行う場合であっても、社外付与者については、給与課税を受け入れた上で信託型SOを残す、というのは1つの有効な対応策となります。社外付与者の人数が多い場合や、キーパーソンが該当する場合は、思い切って有償SO(※課税関係が税制適格SOとほぼ同じ)を設計・付与するという選択肢もあるかもしれません。有償SOは、冒頭の国税庁のQ&Aで改めて課税関係がクリアになったことから、今後も安定的に運用できる制度として導入数も増えそうです。ただし、有償SOの購入価格を適正な時価に設定していない場合は、これまでと変わりなく税務リスクが生じますので、ご注意ください。

【論点3】行使価格は1円?それとも会計上の株価?

7月1日から適用された新株式算定ルールに基づき、未上場のスタートアップは実質行使価格が1円である税制適格SOが発行できるようになりました。ただし、行使価格が1円でもOKというのは税務上の話で、会計上は引き続き従来の評価方法(DCF等)で株価を計算する必要があり、両者に差分がある場合は「株式報酬費用」としてPLに計上されます。

キャッシュアウトフローを伴うものではありませんが、上場審査中に巨額の株式報酬費用が計上された結果黒字が赤字に変わったり、会社の評価方法に影響が出たりすることは好ましくないことから、上場が近いスタートアップは「税務上の株価=会計上の株価」としているケースが多いようです。ただし、行使条件に上場条件(上場後でないと行使できない)が含まれている場合、費用は按分計上ではなく一括計上となるケースもあるようです。仮に一括計上が認められる場合、株式報酬費用のインパクトは一時的なものに抑えられる可能性もあるため、個別に監査法人に照会いただくのが良いと思います。

会計上の株価を用いる場合、SO1個あたりの行使価格が高くなり、税制適格SOの要件である年間行使上限の1,200万円にヒットする可能性があります。そのため、「年間1,200万円x行使期間」を超過する分は信託型SOをそのまま残したり、有償SOとして付与したり、という選択肢が検討されることになります。

アーリーやミドルステージの会社でPL上の費用が許容できる場合は、税務上のメリットが最大化される「行使価格=1円」で税制適格SOを発行するのが合理的でしょう。

会計の話になったので、以前この記事でも取り上げたリサイクル案(既存の信託型SOを税制適格SOに利用する案)についても触れておきたいと思います。国や会計士協会から正式な発表はされていないものの、個別に監査法人に照会した数社によると、いずれも「リサイクル時に費用計上は必要」という主旨の回答があったようです。もし費用計上なくリサイクルできれば有効な選択肢となったのですが…現時点ではなかなか難しいようです。もちろん、会計処理は個社の事情により異なるため、意思決定にあたっては必ず専門家にご確認いただけますようお願いします。

まとめると

ここまでの話をまとめると、上場まで時間的余裕があり、かつ付与対象者が役員・従業員のみである場合は、信託型SO→行使価格1円の税制適格SOに切り替えるのがもっとも税務上有利で、実際そのような意思決定をしている会社が多い印象です。

N-2期以降の会社の場合はもう少し複雑で、税制適格SOに切り替えた場合の2年の待ち時間と低い税率のトレードオフ問題が生じます。加えて、行使価格の設定にあたっては、PLインパクトのシミュレーションや(特に1円にする場合は)IPOのステークホルダーとのコミュニケーションが必要になることから、より意思決定の難易度は上がるでしょう。

ケーススタディ

では、私(野瀬)が経営者あるいは事務局だったらどういう選択をするだろう、という観点でケーススタディをしてみたいと思います。

A社(架空の会社)は1年以内の上場を予定しており、権利者数は500名を超えています。退職しても持ち出し可能な設計にしていたため、権利者には退職済みの元従業員も5名ほど含まれています。前述の論点1~3を検討した結果、経営陣は全員が納得できる選択肢を1つに絞ることは難しいと判断しました。

そこで、信託型SOを維持する or 税制適格SOに切り替える、を各権利者が選べるようにしました。信託型SOには付与日を起算日とする4年間(25%x4年間)のべスティングを付けていたため、今回再付与する税制適格SOにも同じ起算日を適用することで、切り替えによるデメリットが生じないよう考慮しました。加えて、現時点で権利確定しているSOは持ち出し可能とすることで、「SOがあるから辞められない」という状況も起こらないようにしています。

信託型SOを選択した場合、税制適格SOより税率は高くなりますが、上場してから最短半年ほどで株式売却まで行えることから、現金化のニーズが高い従業員にとっては好ましい選択肢と言えます。株式売却を急いでいない従業員は、最低2年間待つ代わりに低い税率を享受できます。現金化へのニーズや税制適格SOの2年の待ち時間をどう考えるかは人によって異なることから、(事務局の負担は少し増えますが)個々の権利者の納得感・満足度は一番高くなるのではと考えています。

一点留意点として、信託型SOの維持を選択する従業員が多い場合、行使時に会社は源泉徴収義務者として一時的に源泉税を立て替えることになるため、必要となるキャッシュアウトフローに備えておく必要があります。行使する従業員側には、株式売却前に納税が必要な「キャッシュインなき課税」の問題が生じるため、納税分の現金を準備しておく旨を周知する必要があるでしょう。

退職済みの元従業員については、税法上の要件により税制適格SOの再付与が難しいことから、全員信託型SOを維持するという選択をしてもらうしかありませんでした。ただし、会社の判断で信託型SOを導入したという経緯があり、また、対象者数が少なく会社のキャッシュフロー上も問題ないと判断されたことから、元従業員に源泉税の負担は求めず、会社が全額負担することにしました。

改めて、税制適格SOのメリデメって?

今回の信託型SO問題を受け、はじめて税制適格SOを導入する会社も多いと思います。改めて、税制適格SOのメリデメを整理しておきます。

メリット

税的メリットがあり、安定して運用できる

税制適格SOは国が活用を推進する制度であることから、将来にわたって安定的な運用が期待できます。また、課税関係についても「譲渡所得(約20%)」「売却時まで課税繰り延べ」の2大メリットが享受でき、税制非適格SOや1円SOよりも有利です。

経済的価値(キャピタルゲイン)を伝えやすい

信託型SOは「SOに割り当てられる株数を最後に全ポイントで按分する」というスキームが一般的です。そのため、最後まで自分が何株取得できるのかが決まらず、価値が分かりにくいという問題がありました。一方、税制適格SOは付与時点で株数が決まっているため、信託型SOよりも経済的価値(キャピタルゲイン)の概算がしやすいというメリットがあります。付与対象者がもっとも関心を持つ数値を可視化することで、従業員のエンゲージメント向上に繋がったり、採用候補者への説明も行いやすくなるでしょう。

利便性の向上が期待できる

令和5年度税制改正で税制適格SOの行使期限が10年から15年に延長され、直近では、7月に未上場会社の株価算定ルールが明確化されました。税制適格SOの使い勝手や税務の予見可能性はここ最近大きく向上しており、今後もその流れは政府の「スタートアップ育成5ヵ年計画」で継続されていく予定です。後述する令和6年度税制改正でも様々なアップデートが予定されており、引き続き利便性の向上が期待できます。

デメリット

様々な税制適格要件

言うまでもありませんが、税制適格SOは租税特別措置法29条の2で定められる様々な要件を満たす必要があります。付与者の要件(法人、監査役、発行済株式総数の1/3超を保有する大株主などには付与できない)、年間1,200万円の行使上限、行使期間の要件(付与決議日の2年後から10年/15年後まで)、保管委託要件などが含まれます。

やり直しができない

付与者を後決めできる信託型SOと異なり、税制適格SOは最初に付与者と付与数を決める必要があります。一度発行したSOは基本的にやり直しができないため、オプションプールの使い方、付与ルールの策定、契約書の設計はより慎重に行う必要があります。

丸投げできない

導入アドバイザーが事務回りのサポートをしてくれる信託型SOと比べ、税制適格SOの事務手続きは基本的に社内で行うのが一般的です。契約書のひな型を作るところまでは弁護士や専門家がサポートしてくれますが、スタートアップの実情やトレンドに即した内容かは専門家でも判断しかねる場合が多く、個々の契約書の作成・締結、原簿の作成、法定調書の提出、退職者の処理などは自前で対応する必要があります。

今すぐ税制適格SOで出しなおすべき?

それでは、税制適格SOに切り替える判断をした会社は、今すぐ発行すべきなのでしょうか?答えは、ケースバイケースです。

と言うのも、8月に経済産業省が財務省に提出した令和6年度税制改正要望に、1)株式保管委託要件の撤廃、2)社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減、 3)権利行使限度額の大幅な引き上げまたは撤廃、の3案が含まれており、これが翌年の国会で可決・成立すれば、早ければ来年4月には新しいルールでの税制適格SOの発行が可能になるためです。

令和5年度税制改正で税制適格SOの行使期限が10年から15年に延長された際、当該ルールの遡及適用は認められなかったため、今回も同じように税制改正後に発行される税制適格SOのみが新ルールの対象となる可能性があります(あくまで可能性、ですが)。

特にレイターステージの会社だと、企業価値が上がってSO1個あたりの行使価格も高くなっているケースが多いので、3)によるメリットは無視できないかもしれません。1)2)については、改正後の具体的な内容(オペレーション含む)が明らかになってからでないと、判断が難しい気がします。

今すぐ発行して2年の待ち時間の時計を少しでも早く進めるか、それとも来年まで待って年間行使上限の引き上げ(または撤廃)のメリットを受けるか…スタートアップの悩みはまた1つ増えそうです。

さいごに

Nstockでは、煩雑な契約書の作成・締結をオンラインで簡単に行える機能や、従業員に向けた契約内容・経済的価値(キャピタルゲイン)が可視化できる機能をすでにリリースしています。税制適格SOの発行を決めたものの、「オペレーションを回す自信がない」「これまでも付与してきたが、従業員にSOの価値が伝わっていない」といったお悩みをお持ちの経営者・担当者の方は、ぜひ一度ご相談ください。Nstockがお役に立てることがあるかもしれません。

https://nstock.com/

また、Nstockでは上記SaaSのほか、税制適格SOの契約書ひな型「KIQS」を無償公開しています。ひな型を用いることでSO発行にかかる手間やリーガル費用の低減に繋がるほか、権利者が退職した際のオペレーションが楽になる工夫が組み込まれていたり、べスティング条件の設定方法や退職時に失効する/しないといった論点も抜け漏れなく検討できるようになっています。

https://kiqs.nstock.com/

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