2020年の夏、家族5人で暮らしていた武蔵小杉の3LDKのマンションを手放し、憧れだった逗子に移住を実現したLayerX執行役員CHROの石黒 卓弥さん。
木々に囲まれ、夏でも涼しい風が吹き抜ける古民家。焚き火やバーベキューを楽しめる広い庭。そして屋内にはボルダリングスペースも!大人の夢が詰め込まれたようなこの家は、前職のメルカリで得たSO無しでは実現しなかったと言います。
SOは、石黒さんの生活にどんな変化をもたらしたのでしょうか。お話を伺いました。
石黒 卓弥(いしぐろ・たかや)株式会社LayerX 執行役員(人事・広報担当)
NTTドコモに新卒入社後、マーケティングのほか、営業・採用育成・人事制度を担当。また事業会社の立ち上げや新規事業開発なども手掛ける。2015年1月、60名のメルカリに入社し人事部門の立上げ、5年で1800名規模までの組織拡大を牽引。採用広報や国内外の採用をメインとし、人材育成・組織開発・アナリティクスなど幅広い人事機能を歴任。2020年5月LayerXに参画。人事と広報領域を担当。
宮田 昇始(みやた・しょうじ)Nstock 代表取締役CEO
2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年にはシリーズDラウンドで海外投資家などから156億円を調達、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。2022年1月にSmartHRの代表取締役CEOを退任、以降は取締役ファウンダーとして新規事業を担当する。2022年1月にNstock株式会社(SmartHR 100%子会社)を設立。株式報酬のポテンシャルを引き出すメディア「Stock Journal」を運営している。
SOで生まれた「心理的な余裕」が、新しいチャレンジを後押ししてくれる
宮田 昇始(以下、宮田):SNSで石黒さんのご自宅を見て「めっちゃいい〜!」と思っていたので、今日お伺いできて嬉しいです。取材前に自宅を一周させてもらったのですが、お庭には広いウッドデッキや、焚き火やバーベキューができる芝生もあって、仕事部屋とガレージが一体化した部屋にはボルダリングの壁まで。とにかく最高ですね。さらに、緑に囲まれているからか真夏なのに涼しい!
(自宅正面)
(キッチン&リビング)
(バーベキューや焚き火のできる庭)
(ハンモックのある読書スペース)
(ボルダリングスペース)
石黒 卓弥(以下、石黒):ありがとうございます。以前は年に20泊くらいキャンプに行っていたこともあるくらいキャンプ好きだったのですが、引っ越してきてからは全く行かなくなりましたね。庭でバーベキューもできて自然も楽しめるから、行く理由がなくなっちゃって。
宮田:石黒さん的ご自宅の推しポイントを3つあげていただいてもいいですか?
石黒:1つ目は、緑や土に囲まれているところです。私の実家は田舎の養鶏場で、自然に囲まれて幼少期を過ごしました。「子どもたちにも緑に囲まれた生活を体験させたい」と思っていたので、実現できて嬉しいですね。
2つ目は、この古民家をリフォームして作ってもらった建物自体です。素敵な建築士の方に出会うことができ、歴史ある建物を大切にしながら、想像以上のリノベーションになりました。
3つ目は、こんなに自然に囲まれているのに、最寄りの逗子駅から1kmちょっと。逗子駅から都心へのアクセスが比較的良いのも気に入っています。
他にも、子どもの友達が遊びに来て庭でバスケットボールをしたり、私自身も地域の友人とよく遊ぶようになったり。会社や職種ではなく、「逗子」という地域で人のつながりが広がっています。「アジが釣れたから」「たけのこが採れたから」と、おすそわけをいただくことも増えました。
自宅の推しポイントもたくさんありますが、「逗子」という地域の推しポイントもたくさんありますよ。
……ってあれ、今日って引っ越しメディアの取材でしたっけ(笑)?
宮田:Nstockの取材ですが、もう少し家のことを教えてください(笑)。1つ目の推しポイントとして、自然豊かなところをあげていましたね。それ以外にも、お庭にバスケットゴールがあったり、屋内にボルダリングスペースを作ったりしているのは何か理由があるのでしょうか?
石黒:子どもたちにいろんな体験をしてもらいたいなと。実は子どもと過ごせる時間って、意外と少ないんですよね。うちだと、あと10年くらいしかない。そんな思いもあり、とことんこだわりたかったんです。よく、「3回建てないと満足できる家は建たない」って言うじゃないですか。でも、現実には私を含め1度しか建てられない人の方が多いはず。だから、後悔のないようにいろんなことをやりたいな、と。
私自身は忙しくて、バスケットボールもボルダリングもなかなかできていないんですけどね(笑)。でも、子どもたちは喜んでくれているから、取り付けてよかったです。
宮田:大人から見ても羨ましいですが、子どもからしても最高の自宅ですよね。そもそも、なぜ逗子に移住することにしたのでしょうか。
石黒:我が家には男の子が3人いるのですが、子どもたちが大きくなるにつれて、都心部の3LDKは狭く感じてしまって。引っ越すなら、自然豊かなところがいい。安心して学校に通えるところがいい。そんな漠然とした希望はあるものの、行動には移せないでいました。
そんなときに、身近な友人が2人も逗子に引っ越したんですよ。2人とも「逗子めっちゃいいですよ」と言うから、私も妻に「逗子に引っ越したいんだけど……」と相談したんです。そしたら「私もともと鎌倉とか逗子とか興味あるって言ったよね、話聞いてなかったでしょ!」と言われてしまって(笑)。本格的に逗子への移住を考えたのは、そこからです。
宮田:その後、逗子移住を実現させるわけですが、移住にかかる予算はどうされたのですか?想定していたよりも2倍ほど、購入費用がかかったというお話もありましたが……。
石黒:資金源は主に3つです。住宅ローンと、移住前に住んでいたマンションを売却したお金と、メルカリ時代のSOを一部売却して得たお金。それらを住宅購入費用に当てました。Nstockの取材っぽくなってきましたね(笑)
宮田:(笑)。ちなみにSOはすべて住宅の購入資金に当てたのでしょうか?
石黒:いや、頭金に当てるためにおおむね半分ほど売却して、まだ半分ほどは残っています。あとは先程もお話したように、ローンも組んで購入しました。
宮田:半分手元に置いておいたのはどういう意図ですか?
石黒:もともと、「SOがあるから住宅を買おう」と計画的に動いていたわけではないんです。また、すでに退職はしているけど、メルカリは大好きな会社。これからももっと大きくなっていってほしい、と望んでいる一人です。その期待を込めて、資金バランスを考えつつ、半分ほどは残しておきたかったんですよね。
宮田:SOがあったから、移住を決めたわけではなかったのですね。
石黒:はい。ただ、SOのおかげで生まれた「心理的な余裕」は、移住の後押しになりました。「いざとなったら、SOを現金化すればなんとかなるか」って思えるから、普段だったら躊躇するようなことにもチャレンジできたというか。家の購入もまさに、一定の余裕があったからできたチャレンジでした。
メルカリに入社するまで、「SO」という単語さえ知らなかった
宮田:「心理的な余裕」となったSOを得た、メルカリ時代の話についても聞かせてください。石黒さんはもともと、NTTドコモに勤めていたそうですね。そこから、当時社員数十人だったメルカリに転職したと聞いています。周りからはかなり驚かれたのではないでしょうか?
石黒:ドコモには、新卒から11年いました。実際、ドコモの仕事は楽しくて、やりがいも大きかった。モバイルが元々大好きだったこと、そしてなにより市場がとにかく大きいですから。
宮田:それでも「大企業の出世頭」という安定したキャリアを手放して、当時創業2年目、社員数60人のメルカリへ転職を決めた理由は?
石黒:とにかく面白そうに働くひとがいる会社だな、と思ったことがきっかけですね。
採用面接では、メルカリ代表の山田進太郎さん、共同創業者の富島寛さん、そして取締役の小泉文明さんとお話させていただいたのですが、みなさん本当に楽しそうに仕事を語るんですよ。それがとにかく印象に残ったんです。
スタートアップへ転職するリスクも考えなかったわけではありません。でも、いざとなったら(言い方はおこがましくなりますが)ドコモにまた戻ればいいかなって。10年以上勤めてきて、しっかり関係値を築いてきた自負はありましたしね。もしくは他の会社でもやっていける根拠のない自信がありました。つまるところ、あんまり深く考えずにメルカリへの転職を決めたんです。
宮田:石黒さんはドコモから創業間もないメルカリ、メルカリから創業間もないLayerXに転職されています。どちらも石黒さんが入社した後に急成長を遂げているから、かなり吟味して転職先を決めているのかと思っていました。
石黒:未来のことは分からないじゃないですか。転職した企業が急成長したのは、私がラッキーだっただけですね。成長する企業を必ず見分けられるような先見の明を持っていたら、今頃仕事せずに株を転がして生活しています(笑)
宮田:ちなみに、メルカリに入社したときにSOはどのくらい重視していたのでしょうか?
石黒:今は社員や採用候補者にSOの説明をする立場なので大変お恥ずかしいのですが、当時はSOって単語自体を知らなかったんですよね……。
宮田:本当ですか!?そんな石黒さんが後にSOを資金に逗子への移住を叶えるなんて、いろんな人に勇気を与える記事になりそうです。
石黒:だと良いですね(笑)。当時説明してくれた役員が、「メルカリが大きくなったら、これでマンションのローンくらいは返せるようになるかも」と話していたのは記憶に残っています。よく分からないけど、「頑張って成果を出した人が将来報われるものなんだろうな」と。
宮田:その後、SOに対して認識が変わるタイミングはありましたか?あったとしたら、やっぱりIPOがきっかけでしょうか?
石黒:IPOの時点でもほとんど考えなかったですね……。きっと、普通は考えますよね?「今SOを現金化したら、いくらもらえるな」とか。
宮田:いや、石黒さんと同じ方が多いですよ。僕の体感だと、6〜7割くらいの方は入社時にSOの説明をされようが、会社がIPOしようが、SOにあまり興味がない。僕たちは、その6〜7割の方に興味を持っていただけるような記事を発信したいんです。だからこそ、石黒さんのようなエピソードはありがたいですね。
石黒:そうなんですね。私は人事という立場上、特定の候補者へのオファーレターを書くことがあって。その中にSOの話も盛り込まれていることもありました。それでも、自分ごととして捉えることはほとんどなかったですね。
というのも、株式ってそんなに簡単に売却できないじゃないですか。上位役職者になればなるほど、株価に関わるような重要な情報を持っているから、売りたいと思ってすぐに売れるわけじゃない。株価も常に変動するから、自分のSOが現金化できない時期に「いくらになるかな」と考えても意味がありません。つまり、SOを自分ごと化できるのは「付与されたタイミング」でも「IPOのとき」でもなく、「自分のSOが売れるタイミングになったら」だと思うんですよね。
宮田:では石黒さんも、SOを売れるタイミングが来たからようやく考えるようになった、と。
石黒:そうそう。ただ、そのタイミングが来てもしばらくは使う予定がなかったので、具体的に計算したのはだいぶ後になってからでした。私の場合は、「逗子移住でまとまったお金が必要になったから、ようやくSOの存在感の大きさに気づいた」という感じです。
より大きなことを成し遂げて社会に還元するため、また挑戦する道を選んだ
宮田:メルカリ時代のSOについて、リアルな話をありがとうございました。先程も少し話しが出てきたように、石黒さんは2020年にメルカリを退職し、当時創業2年目のLayerXに転職されています。ドコモからメルカリへ転職したときのように、再び規模の大きな会社から立ち上げ間もないスタートアップに転職した理由を伺いたいです。
石黒:理由は大きく3つあります。1つ目は、人事の経験を業界に還元したいと思ったから。メルカリの小泉文明さんのもとで人事を経験できたのは、2010年代の日本の人事担当者の中でも相当ラッキーなことだと振り返っています。青臭いんですけど、私の使命はこの経験を業界に還元することだと思っています。
2つ目は、スタートアップの急成長期を自分の手で作ってみたかったから。メルカリは今でも年間百数十%成長しているすごい会社です。でも、創業から数年は数百%のような信じられない成長を遂げていました。そのダイナミズムをもう一度体感したい。そして、今度はその成長を生み出す側に回りたかった。
3つ目は、2つ目の転職理由を実現できそうなオファーをLayerXからいただいたから。当時のLayerXは優秀なエンジニアが揃っていて、大学の研究室が会社になったような面白いところだなと感じました。でも、採用や広報の分野はまだまだ課題も多い。ここなら私の強みがハマりそうだな、と思えたのも大きな理由ですね。
あとは入社してから分かったのですが、代表のfukkyyはじめ、社内の皆がとにかく「学ぶことが好き」なんです。彼らの多くはエンジニアなのですが、自分たちの専門分野だけでなく、セールスやマーケティング、採用、広報といった分野にも理解がある。そこは働いていて心地いいですね。
宮田:石黒さんはよくキャリアや採用についてインタビューを受けていますよね。ご自身の転職について聞かれることもあるかと思いますが、まだ話していない内容で言うと……?
石黒:掘り下げますね(笑)。エゴ丸出しですけど、「LayerXは、メルカリより大きくなる可能性がある」と思えたからですかね。大切なことなので補足しますが、大きさそのものに本質的な意味はありません。ただのエゴとして「自身の与えられたチャンスで、より大きなことを成し遂げて一緒に働く仲間や社会に還元しよう」という思いです。株式報酬の分母、つまり時価総額も“大きい”のが大事なので。
宮田:本音が聞けて嬉しいです(笑)。ちなみに、“大きい”の意味は?
石黒:社会に対してどのくらいの足跡やインパクトを残せるか、ですかね。例えば、私の場合は転職ではなく、独立する道もあったと思うんです。でも、事業会社で仲間と一緒に何かを成し遂げたかったというか。その方が、より社会に大きな足跡を残せると思ったんですよね。
LayerXは当時、ブロックチェーンや金融を扱っていました。市場規模の大きさと勤勉な集団をかけ合わせることで、より大きなインパクトを生み出すはず、と思って環境を変えました。事業ピボットした今も変わらない部分ではありますが、これからの日本社会を、良い方向に大きく動かしていく可能性を秘めている会社だと思っています。
宮田:市場やインパクトのでかさは重要ですよね。ところで石黒さんは現在、社員や採用候補者にSOの説明をされる立場ですよね。LayerXではどんな説明を行っているんですか?
石黒:未上場の会社なので、SOに対しては期待と不安の両方があると思うんですよね。だから、国の方針が変わったとか、社内で新しい施策を打つとか、SOに影響がありそうなタイミングには、社員にも候補者にも説明するようにしています。あとは、わかりやすいように「現金化するとこのくらいになる」と期待値を可視化したNotionで社内説明会を実施したりしています。
LayerXには、あらゆる意味で“大きい”会社になっていってほしいですね。そのために、私もまだまだ頑張らないと!
スタートアップは、自分で自分のハンドルを握れる場所
宮田:今日は夏休み中の取材ということで、ご自宅にはお子さんもいました。もしお子さんが将来「僕もお父さんみたいにスタートアップに入りたい」と言ったらどう思いますか?
石黒:最高ですね!ぜひチャレンジしてほしいです。
少し話が逸れるのですが、LayerXに名村卓さんというエンジニアがいます。彼の幼少期のエピソードで息子によく伝える話があります。それは、ゲームが好きで「将来ソフトを作りたい」と夢見る人は多いけど「ゲーム機そのものをつくりたい」と思う人はそんなにいない、という彼のエピソード。卓さんは後者の人。「お父さんの友達に、子どもの頃にゲーム機本体を作りたくてエンジニアになった人がいるんだよ。」って話をよく息子たちにしています。
これはあくまで一例ですけど、自分で考えて行動できる大人になって欲しいですね。自分で自分のハンドルを握れるようになってほしい。
宮田:自分で自分のハンドルを握れるって、すごくいい言葉ですね。石黒さんはスタートアップが好きなんですね。
石黒:大企業もスタートアップも、いい意味であまり変わりません。ドコモから社員数60人のメルカリに転職したときも、正直そこまで大きな変化はありませんでした。ただ、スタートアップは意思決定や施策を回す速度がとにかく早い。
メルカリにいた頃、周りからはよく「メルカリの施策は“当たり”が多くてすごいですね」と言われていました。でも、その裏には無限の失敗があります。100個の施策を回して、1個当たれば良い方かもしれない。当たりが出るまですごい速度で案をだして、検証をしているだけなんですよね。私は、スタートアップのそんな泥臭さが好きなんです。
宮田:泥臭く頑張った人ほど、報われる世界であってほしいですよね。そのために、僕たちNstockもSOの側面からスタートアップしていきます。
最後にもう一つだけ質問させてください。もしメルカリでSOがなかったら、今の生活とどんな変化があったと思いますか?
石黒:すごくシンプルな回答になるんですけど、逗子には引っ越してないでしょうね。きっと、SOがなくてもそれなりに楽しく過ごせているはずだとは思います。でもSOがあったことで、今の環境があります。タラレバばかり話しても仕方ないですが、いろんな方の人生の選択肢を増やす、本取材がそんなキッカケの一つになったら嬉しいです。
(執筆:仲 奈々/撮影:高木 成和)