テクノロジーで人々を適切な医療に案内する――。そう掲げて医療機関向け診療支援サービス「ユビーメディカルナビ」や症状検索エンジン「ユビー」などを提供してきたUbie(ユビー)株式会社(以下、Ubie)。2022年からは、製薬企業と患者、治療のマッチング実現を目指す新組織「Ubie Pharma Innovation」を立ち上げ、さらなる飛躍を見せています。
Ubieは2023年、3つの局面でストックオプション(以下、SO)を付与できる新制度「U-win(ユーウィン)」を公表しました。「SO付与は入社時のみで、在職時にどれだけ貢献しても退職すれば失効してしまう」という日本のSO慣習を根本から覆す本制度について、共同代表の阿部さんに話を伺いました。
阿部吉倫 Ubie株式会社 代表取締役/医師
2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。2017年5月にUbie株式会社を共同創業、医療の働き方改革を実現すべく、全国の医療機関向けにAIを使った問診システムの提供を始める。2019年12月より日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。2020年 Forbes 30 Under 30 Asia Healthcare & Science部門選出。
入社後の追加付与、退職後の持ち出しOK。SOの慣習を覆す新制度
――事業内容やこれまでの経緯について教えてください。
阿部:「テクノロジーで人々を適切な医療につなぐ」というミッションのもと、医療機関および生活者向けサービスと製薬事業コンサルティングの2つを展開しております。私自身が医師であり、臨床の現場で「患者さんがベストなタイミングで医療機関に来ることができない」という課題をもった経験を活かし、Ubieを立ち上げました。毎月20万症例のデータが蓄積されており、患者さんと医療を適切に出会わせるデータ活用の仕組みをつくっております。
創業7年目にあたり、現在従業員数は250名になります。
――今回のU-winのプレスリリースには反響はありましたか?
阿部:大変ありがたいことに、多くの反響をいただきました。採用候補者はもちろんですが、以前事業についてアドバイスをいただいた方々などからもご連絡をいただき、とてもうれしかったです。
――U-winとはどのような制度か教えてください。
阿部:U-winは、3つの局面でSOを付与できるように設計しました。
1つめは、入社サインアップSO。当社を支えていただく一員として、入社決定時に付与するものです。2つめは、会社成長連動報酬/評価報酬。半期に1回ある昇給イベントで、対象期間中の業績目標達成度か個人の評価に基づいて付与数が決定します。どちらの評価方法になるかは、所属組織によって決まります。
(引用:Ubieが社員数250名を超えてもストックオプションを全正社員へ配布することにした理由)
そして3つめは、組織成長貢献SO。これは会社・事業への貢献度によって付与されるSOです。背景には、中長期的な成長を作るのに重要な要素である「人」とSOを連携させようという考えがあり、現在250名の全社員が対象です。
――一般的な税制適格SOとの違いは何ですか?
阿部:大きな違いは3つあります。
1つ目は、SOと現金の割合を自分自身で選択できること。SOと現金の割合は、付与の機会ごとに変更できます。これはU-win公表以前から採用していた方式ですが、新制度への移行に伴って、各部署への説明会などの情報共有をより積極的に行いました。SOの深い知識がなくても正しい選択ができるよう、「業績」「市況」「同業他社対比倍率」の3変数に応じたシミュレータも提供しています。
2つ目は、ポータビリティ制の採用です。ライフステージの変化などで、途中でUbieを離れざるをえないこともあると思います。そうした場合に、在籍期間に応じてSOを持ち出せるポータビリティ制を採用し、SOの価値を最大化しています。
3つ目は、入社日起算のべスティングです。1年クリフを設けたのち、1年に追加で25%ずつ、入社日から5年後時点に累積100%のSOを権利確定できるような形です。長く貢献してくれた人にしっかり報いたいという思いから、在籍期間に応じてSO付与の割合を決めました。一般的な上場日起算のべスティングではないので、モチベーションが下がった状態でSO行使期限を待つような悲しい事態も防げます。
――SOと現金の割合を、自分自身で選択できるようにしたのはなぜですか?
阿部:SOを希望する人もいれば、現金を希望する人もいると思うんです。会社にとって大切な株式ですが、後者の方にはよろこんでもらえない可能性があり、逆もまた然りです。だからその人にとってうれしいほうを選んでもらいたいと思いました。
一定の基準に基づいてSOを設計していれば、どちらを選んでもらっても会社としては構わないはずです。もちろんSOに計算しきれない要素はありますが、それも織り込んで設計しているからです。
現状ではSOが50~70%、現金が30~50%程度というところで、おおむね当初の予測通りの割合です。SOは非常にお得な設計になっていますし、上場してうまく行使できればキャピタルゲインが増えて、税金も現金で受け取る場合よりも安く済むという利点があります。
一方で、その人のライフプランによって「いま現金が必要だ」という場合には、次の賞与のタイミングですぐに現金が手に入ると非常に助かるでしょう。このようにSOと現金のどちらがよいかは人やタイミングによるため、自由に選択できる設計にこだわりました。
U-winの根本にあるのは「人への信頼」
――U-win導入の効果や、今後期待しているメリットは何ですか?
阿部:退職しても権利が残るポータビリティ制に関しては、とりわけ反響が大きかったです。SNSでは、スタートアップで尽力したのに上場前に退職してSOの恩恵を受けられなかったという人から「当時のSOがこういう形だったらよかった」という声を多々いただきました。結果として、採用候補者数が3〜5倍に増えるという、目に見える効果もありました。
社内では、「入社後に追加でSOが付与される」という変更も好評でした。創業期に入社した人には「基本的に、入社後のSO追加付与は期待しないでください」というコミュニケーションをしていたので、よいサプライズだったのかもしれません。公表後にはSOに関するより深い理解のための説明会を自主的に立ち上げる動きや、組織成長に向けた取り組みが同時多発的に巻き起こるようになり、これも間接的な導入の効果だと考えています。
U-winの導入によって今後最も期待しているのは、優秀な人材の獲得です。自分自身で事業をドライブしたいと思っているような優秀な人材は、リスクが大きいけれども会社が成長したときの見返りも大きい初期のスタートアップを選ぶでしょう。その点、UbieはこのフェーズであってもしっかりとSOをお渡しできるようになりましたので、採用候補者のインセンティブとしてアピールしていきたいと思っています。
――U-winのようなSO設計に行きつくまでに、どのような経緯がありましたか?
阿部:過去には「サインアップ時に一括付与して、退職すれば失効する」というような、従来型のSO制度を採用していた時期もありました。当時のUbieは、これからどうなるのかわからない創業初期のフェーズでした。SOを採用したのは、そんな時期にリスクを取って入社してくれた人に相応の見返りをお渡ししたいという思いからです。一方で退職した人がたくさんのSOを持っていると不都合も生じるので、退職と同時に失効するという設計でした。
創業から6年が経ち、事業も進捗してきました。創業初期に比べるとボラティリティは小さく、リターンを計算しやすくなってきています。このフェーズになると「SOを渡すのは一部の並外れたメンバーだけでいい」というのが一般論でしょう。
しかし、私たちが目指しているのは世界の健康寿命を延伸すること。この目標は壮大で、実現すれば事業も時価総額も大きく成長する。そういった意味では当社はまだ本当に初期のフェーズです。だからこそ引き続き全社員に対して、これまで以上にSOを受け取れる機会を増やすべきだと考えました。これからUbieを成長させられるのは、他ならぬ一人ひとりのメンバーだからです。
人材の流動性が高まる今、「人に期待しない、投資しない」というのもひとつの考え方だと思います。しかし私は、メンバーの努力とクリエイティビティが奇跡を起こし、事業を次のステージへと押し上げるのを、創業以来幾度となく目撃してきました。人は誰しもいい仕事をしたいし、自分の選択に責任を取る能力がある。U-winでのSO付与を通して、そう信じることに賭けたいと思いました。
設計にあたっては、税制適格ストックオプションひな型「KIQS」を使って勉強もしました。そのおかげで実現できた入社日起算のべスティングは、日本企業に多い上場日起算に比べてメリットが大きいと社内でも好評を得ています。
SOの制度改善で、スタートアップはもっと加速する
――阿部さんにとってSOとはどのようなものですか?
阿部:創業者にとってSOは会社の所有権そのものであり、文字通り身体の一部です。SOの好きなところは2つあります。1つはゼロサムではないことです。会社が成長すれば1株あたりの価値も増大するので、会社とメンバーが利害対立することなく、双方がハッピーになれます。
もう1つはwin-winになることです。メンバーとしては、会社の成長に貢献することが自分の利益に直結するのでピュアにがんばることができる。会社としても、SOを提供することで目標達成の確率が上がる。そんなふうに、win-winの関係が自然に築けます。SOは会社とメンバーが成功の果実を分け合える、これ以上ないツールだと思っています。
――日本におけるSOの課題は何だとお感じですか?
阿部:日本におけるSOの課題は、2つあると感じています。
1つは、社外の協力者へのSO付与が難しいことです。厳密に言えば可能ではありますが、手続きの煩雑さからあきらめてしまっているスタートアップも多いでしょう。Ubieでも外勤医師へのSO付与を検討していますが、実現には至っていません。
終身雇用制が過去のものとなりつつある今、すぐれた人材の能力を会社の枠を超えて活用することが非常に重要です。その点で社員以外へのSO付与がもっと容易になれば、スタートアップのエコシステムはさらに活性化していくのではないでしょうか。
近年、政府がスタートアップ育成を重要政策と位置づけていることはとてもありがたいと感じていますので、このようなこともぜひ検討いただけたらなと思います。
もう1つは、SOの価値がまだまだ認識されていないことです。SOのメリットを理解したリテラシーの高い方がいる一方で、「なんとなく株は怖い」という表層的なイメージからSOを敬遠する方も少なくありません。こうしたリテラシーの格差が埋まってSOの真の価値がわかる人が大半になれば、スタートアップに飛び込んでみようという人が増えて、人材不足が解消に向かうのではないかと思っています。
こういった情報発信は、Nstockさんにも期待している領域です。
――Ubieの今後の目標や展望を教えてください。
阿部:日本は医療環境において非常にすぐれた国です。「発症してすぐに治療に出会える世界の実現」という点では、グローバルの方により大きな課題があると感じています。
Ubieの今後の目標は、平均寿命が日本よりも10~20年短い国にサービスを提供し、世界の健康寿命を10億人×10年伸ばすこと。その足がかりとして、既にシンガポールやアメリカで事業を展開しています。SOの活用によって人材の力を最大化し、目標に向かって突き進んでいきたいです。
(制作協力:株式会社Tokyo Edit/撮影:高木 成和)